多系統萎縮症このページを印刷する - 多系統萎縮症

多系統萎縮症について

多系統萎縮症(multiple system atrophy: MSA)は、自律神経障害に加えて、錐体外路系、小脳系の3系統の病変・症候がさまざまな割合で出現することを特徴とします。

錐体外路障害(パーキンソン症状)が目立つ場合は、MSA-Pとよばれます。MSA-Pタイプの方は、最初のうちはパーキンソン病と区別がつきにくく、パーキンソン病と診断されて治療が開始されている患者さんもあります。その場合、薬剤治療への反応性がパーキンソン病より乏しく、進行がやや早かったりするため、途中で診断が見直されてMSAと診断にいたるケースがあります。

小脳性運動失調が目立つタイプはMSA-Cとよばれます。小脳性運動失調は他にもいろいろな原因、例えば、遺伝性脊髄小脳変性症や脳血管障害(脳梗塞、脳出血)、炎症性疾患、アルコールや薬剤による副作用などでも出現するため、診断には検査を行う必要があります。

有病率の確かな報告はありませんが、欧米の調査では、10万人あたり2~5人とされ、パーキンソン症状を呈する患者の約10%がMSAと報告されています。発症年齢は平均55歳前後で著明な男女差はないとされますが、男性にやや多い傾向にあるようです。

主な症状・徴候

自律神経障害

MSAでは、排尿障害と起立性低血圧を中心に、発汗低下、体温調節障害、陰萎といった自律神経症状が先行します。排尿障害は最も頻度が高く、頻尿(尿の回数が多い)、尿失禁(尿漏れ)から始まります。進行期には、残尿(排尿が終わった後も膀胱内に尿が残る)や、突然の尿閉(尿が全く出せなくなる)が起こり得ます。残尿や尿閉は、尿は作られるが排泄できない状態で、感染を伴うと尿路を上行して腎盂腎炎の原因となります。腎盂腎炎は38度以上の熱が出て、重症化につながるため、中期以降のMSA患者さんの排尿状態は気を配っておく必要があります。
起立性低血圧も合併しやすい症状です。仰臥位の血圧は正常もしくは高いくらいなのに、立ち上がった直後に血圧が下がって立ちくらみを起こします。軽度の場合には特に症状がなく、診察室で起立テストを行って初めて診断されることもあります。重症になると、起立直後に失神したり、長く椅子に腰かけているだけでも血圧が下がって意識が遠のいたりすることがあります。入浴後、食後、排泄前後、こたつから立ち上がる際には、一層症状が出やすいので注意を要します。
体温調節に障害があると、暑い部屋にいるだけで高体温をきたすことがあり、これをうつ熱といいます。

パーキンソン症状(錐体外路症状)

MSAのうち、振戦(ふるえ)、動作緩慢、固縮(四肢や体幹の固さ)、発声異常(小声、単調言語、嗄声)、姿勢反射障害などのパーキンソン症状が前景にたつ場合をMSA-Pと呼びます。パーキンソン病との鑑別は初期には難しいこともありますが、いくつかの特徴で区別します。振戦で発症する割合は、パーキンソン病では50~70%とされますが、本症では約10%にとどまります。振戦の特徴も異なり、パーキンソン病でみられる安静時の規則的な丸薬丸め振戦はまれで、MSAでは手指にミオクローヌス様振戦(myoclonic tremor)と呼ばれる、手指の不規則で小さなふるえが特徴的です。また、パーキンソン病では振戦、固縮、動作緩慢などの症状は左右のいずれかに強いのが特徴ですが、MSAではあまり左右差がはっきりしないことがあります。他に、通常のパーキンソン病に比べ、発語障害や嚥下障害の進行が早い場合、十分量のレボドパ(パーキンソン病の特効薬です)加療にほとんど反応しない場合、診察上、錐体路徴候(腱反射亢進やバビンスキー徴候陽性)を認める時にはMSAが疑われます。首下がりなどの極端な姿勢異常を初期から合併することもあります。

小脳性運動失調

MSAのうち、小脳性運動失調による構語障害や歩行不安定が前景にたつ場合をMSA-Cと呼びます。構語障害には、いわゆるロレツが回らない、あるいは音と音がつながってしまうといった特徴があります。また、歩行時に腰部の位置が定まらずゆらゆらと揺れる体幹動揺や足を左右に広げて歩く失調性歩行がみられます。進行すると転倒しやすくなるため注意が必要です。上肢には、先述のミオクローヌス様振戦とは別に、動作に伴うふるえや拙劣さが出現します。

診断

診察上、自律神経症状、パーキンソン症状、小脳性運動失調の3つが存在すれば、本症の可能性を強く疑い、鑑別のための検査を行います。自律神経症候は、初期には本人が気づいていないことがあり、起立テストや残尿測定、膀胱内圧測定にて判定する必要があります。MSA-Pでは、パーキンソン病との鑑別のため、レボドパを十分量投与してその反応性を確かめることも参考となります。脳MRIを行い、被殻の萎縮を反映した所見(図1)もしくは、小脳半球の萎縮や橋の横走線維の変性像(十字サイン:図2)を確認できれば診断はより確かなものとなります。ラジオアイソトープを用いた検査も診断の役に立ちます。ドパミントランスポーターシンチグラフィー(ダットスキャン®)では、パーキンソン病と同じく低下がみられますが、MIBG心筋シンチグラフィーでは、パーキンソン病では低下するのに対して、正常に保たれます。

治療法と日常生活の管理

MSAに対して明らかに有効とされる治療法は未だ確立されていませんが、対症療法や合併症に対する治療を行います。パーキンソン症状には、比較的多量のレボドパが一部有効とする報告もあり、当院でもしばしば投薬しますが、その効果は初期に限られています。小脳症状を軽減するために、甲状腺刺激ホルモン分泌ホルモン(TRH)作用のある経口薬タルチレンが使用されますが、効果は一定しません。起立性低血圧に対しては、弾性ストッキングの着用をすすめ、薬物療法で改善を図ります。排尿障害に対して初期には薬物加療が有効ですが、それでも残尿が認められる場合には、間欠的導尿などを行って尿路感染を予防します。リハビリテーションを積極的に取り入れ、転倒予防、拘縮や痛みなどの二次的合併症の予防に努めます。また、発声障害や嚥下障害の比較的早い進行が見込まれるため、コミュニケーション手段の工夫や誤嚥予防策にも早期から取り組む必要があります。一般に認知機能は大きくは障害されませんが、前頭葉機能が低下する症例もあります。

病気の経過と予後

MSA全体では、平均の罹病期間は5~9年とされていますが、個人差が大きいのも特徴です。MSA進行期の重要な合併症として、睡眠時無呼吸や不規則呼吸などの中枢性呼吸調節障害、また声帯開大障害による吸気性喘鳴(ゲルハルト症候群)をきたす場合があり、突然死の原因ともなります。睡眠ポリソムノグラフィー検査で睡眠時無呼吸が見出された場合、非侵襲的陽圧換気法(non-invasive positive pressure vebtilation:NIPPV)の適応となることがあります。また、声帯開大障害による呼吸苦が出現した場合には、気管切開術が選択される場合もあります。
 
図1 MSA-Pの脳MRI所見
 
図1 MSA-Pの脳MRI所見
水平断T2強調画像、両側被殻外側にスリット状のT2高信号域がみられる(矢印)。
図2 MSA-Cの脳MRI所見
 
図2 MSA-Cの脳MRI所見
水平断、T2強調画像、橋の十字サイン(上矢印)と小脳萎縮(下矢印)を認める。

*コラム*
多系統萎縮症の疾患概念の確立

かつて、パーキンソニズムを主体とする線条体黒質変性症(striatenigral degeneration:SND)、小脳失調を主体とするオリーブ橋小脳萎縮症(olivopontocerebellar atrophy:OPCA)、自律神経障害を主体とするシャイ・ドレーガー症候群(Shy-drager syndrome:SDS)は、独立した疾患として別々に報告された神経変性疾患であった。1960年代の終わりからこれら3つの疾患の臨床症状と病理学的所見には共通した点が多いことが注目され、1969年Graham とOppenheimerらは多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)という疾患概念を提唱した。その後、これらの疾患脳内に共通して認められるグリア細胞室内封入体(glial cytoplastic inclusion: GCI)が報告され、現在ではMSAは上記の3つの疾患を包括する一つの疾患単位として広く認められている。最近では、パーキンソニズムが主となる場合をMSA-P、小脳失調が主となる場合を、MSA-Cとよんで区別するようになった。