髄膜炎・脳炎このページを印刷する - 髄膜炎・脳炎

髄膜炎は脳の周りを覆っている髄膜に、脳炎は脳自体に炎症がおこる病気です。髄膜炎の原因は、細菌やウイルス、結核、真菌(カビ)などの病原体が侵入する感染症が主です。また、髄膜炎・脳炎には、感染症によるものだけではなく、自分の免疫の作用で自己抗体を作成し、自己抗体が脳に炎症を引き起こす自己免疫性脳炎があります。
この項では、炎症の原因を感染症と、自己免疫性脳炎に分けて説明をします。

1.感染性髄膜炎・脳炎

症状

  1. 細菌性髄膜炎:代表的なものは頭痛、発熱、意識障害、首の硬直です。炎症が脳にまで及ぶと意識がぼんやりして普段と様子が異なったり、けいれんが起こることがあります。また、炎症が起こった脳の部位に応じて言葉が出にくくなる失語の症状や、空間認知がしにくくなるなどの症状が出現します。高齢の方や免疫能の低下した患者さん(糖尿病、悪性腫瘍、血液疾患など、免疫抑制剤治療を受けている)は、こういった感染症のリスクが高い上に、症状が乏しい(微熱、うとうとする、など)ことがありますので注意が必要です。
  2. 結核性髄膜炎:頭痛、発熱、嘔吐、意識障害、物が二重に見えるなどです。結核性髄膜炎は細菌性髄膜炎より頻度は低いですが、特にHIV感染症や抗がん剤治療、ステロイド治療などによって免疫機能が低下している患者さんは発症のリスクとなります。
  3. 真菌性髄膜炎:頭痛や発熱、嘔吐や首の硬直など他の髄膜炎と同様です。発熱は細菌性よりも軽く、微熱となることもあります。真菌性髄膜炎のうち最も多いのはクリプトコッカスとされています。鳥の糞に混じった病原体を気づかないうちに吸い込む、などの経路で感染します。真菌を吸い込むことは珍しくなく、特に免疫力が低下している患者さんは注意が必要です。
  4. ウイルス性髄膜炎:高熱や頭痛、嘔吐と首の硬直などが見られます。髄膜炎のうち最も頻度が多いのがウイルス性髄膜炎です。原因ウイルスにはエンテロウイルスやコクサッキーウイルス、エコーウイルスなど多数のウイルスが挙げられます。幼児期や学童期にかかることが多いですが、一般的に対症療法が中心で予後は良好とされます。
  5. ヘルペス脳炎:発熱、頭痛、嘔吐、首の硬直、意識障害(覚醒度の低下、幻覚・妄想など)、けいれん、記憶障害、言語障害、人格変化や異常行動などが認められます。ヘルペス脳炎も ⅳ.と同じウイルス性脳炎ではありますが、脳にまで炎症をおこし、症状も急性で重篤であり、致死率も30%ほどあるとされ、別に扱われます。治療に関しても、ⅳ.のウイルス性髄膜炎の場合にはウイルスに対しての治療は行いませんが、ヘルペス脳炎ではヘルペスウイルスに対しての抗ウイルス薬を直ちに開始する必要があります。

症状が進行する速さ

感染症による髄膜炎・脳炎は症状が似ている部分が多いですが、病原体によって症状が進行する速さが異なり、細菌性であれば時間単位で急速に悪化し、真菌や結核による髄膜炎であれば数日をかけて進行することが多いとされます。ヘルペス脳炎も比較的急速に症状が悪化します。感染症による髄膜脳炎は診断が遅れることで後遺症が残るだけでなく、生命の危険となることがあるため、早期の診断と治療開始が重要です。

診察

意識の状態や、血圧、脈拍、呼吸状態の観察、脳神経の障害、手足の運動や感覚の異常、項部硬直(髄膜に炎症が起こることにより頚部が硬直します)の有無について、診察します。

検査

髄液検査

髄液検査の手順です。まず、ベッドに横向きに寝て、背中を丸めます。腰部(第3、4腰椎)に局所麻酔の注射を行います。次に細い針をくも膜下腔まで進ませ、その中にある脳脊髄液(髄液)を少しずつ採取します。検査時間は、準備も含めると30分程度です。髄液は通常、無色透明ですが、細菌性髄膜炎の場合には「米のとぎ汁」のような濁った髄液となることがあります。髄液の細菌培養やウイルスDNA検査を行うことで、細菌・結核・真菌・ウイルスなどの感染原因を特定します。また、髄液中の炎症細胞の数や、蛋白・糖などの成分を調べることで、炎症の有無と、細菌性・結核性・真菌性・ウイルス性の判断をします。

画像検査、脳波検査

脳MRIや頭部CT検査を行います。ヘルペス脳炎では、側頭葉という脳の一部分に、画像検査で異常を呈します。また、脳波検査で、周期性一側てんかん型放電(PLEDs)という特徴的な脳波異常が認められます。

ヘルペス脳炎の診断は、数日~数週間で急に悪化する脳炎を疑う症状があり、脳MRIや脳波にて上記のような異常所見を認め、髄液検査にてヘルペスウイルスのDNAが検出されれば確定します。しかし、全例で髄液中ヘルペスウイルスDNAが検出されるわけではないため、髄液検査を繰り返し行ってやっと診断される、ということもあります。

治療

  1. 細菌性髄膜炎:急速に症状が悪化するため、細菌培養の検査結果を待たずに、治療を開始します。細菌性髄膜炎の原因菌は、患者さんの年齢や、元々の持病によっても異なります。成人であれば肺炎球菌やインフルエンザ菌、高齢になると肺炎球菌のほかに溶血性連鎖球菌B型、腸内細菌や緑膿菌が多いとされます。近年、抗菌薬に耐性のある菌が原因となることもあるため、原因菌の薬剤に対する感受性を考慮しながら治療薬を選択します。
    感染が起こった際にはサイトカインという炎症物質が体内で生成され、これによる脳障害を防ぐために、抗菌薬と同時にステロイドホルモン剤を使用することもあります。
  2. 結核性髄膜炎:抗結核薬(リファンピシン、リファブチン、イソニアジド、ピラジナミドの4剤)の内服治療を行います。全治療期間は1年間以上となることもあります。
  3. 真菌性髄膜炎:原因である真菌の種類に応じた薬剤を選択します。ジフルカン、イトリゾール、ボリコナゾールなどの薬剤を使用することが多いですが、クリプトコッカスであればアンフォテリシンBを使用することもあります。
  4. ウイルス性の髄膜脳炎:ヘルペスウイルス、帯状疱疹ウイルス、エンテロイウルスなどが原因ウイルスとして挙げられます。ヘルペスウイルス以外のウイルス性髄膜炎については、多くは数日~2週間以内に自然軽快します。
  5. ヘルペスウイルス脳炎:ヘルペスウイルスに対して有効な薬剤を約2週間点滴します。脳炎に伴ってけいれん発作が起こる場合があり、その際には、けいれん止めの薬を使用します。致死率は20-30%ほどとされ、記憶障害やてんかんなどの後遺症が残ることもあります。

2.自己免疫性脳炎

もともと体の防衛に働いている免疫系が、自分の脳の神経細胞に対して攻撃してしまうのが、自己免疫性脳炎です。
自己免疫性脳炎を原因によって分類すると、①感染症に伴う脳炎、②腫瘍に関連して発症する(傍腫瘍性脳炎)脳炎、③膠原病に合併する脳炎があります。
 
  1. 感染症に伴う自己免疫性脳炎:ウイルス感染時またはその直後に脳炎症状を呈します。ウイルスを排除するための免疫反応が、自分自身の正常な神経細胞に対し反応して攻撃を加えてしまうことによっておこると考えられています。インフルエンザ脳症やHIV脳症などがあります。
  2. 傍腫瘍性脳炎:体内にある腫瘍に対して自己抗体を産生し、それが脳にも作用し脳炎を起こします。卵巣奇形腫、肺がん、乳がん、胸腺腫に関連する脳炎が報告されています。自己抗体の種類によって病気の症状や経過が異なります。
  3. 膠原病に合併する脳炎:全身性エリテマトーデスや血管炎などの膠原病に合併する脳炎・脳症があります。

症状

発熱や、頭痛など感染性の髄膜脳炎に類似した症状がみられることがあります。また、行動や言動の異常、記憶の障害やてんかん発作が、数日の経過で比較的急に出てくる場合があります。一方で、1~3か月間の経過で、記憶の障害や意識がぼんやりするなどの認知症に類似した症状を呈する場合もあります。

診断

神経診察での異常所見に加え、脳波の異常、髄液中の蛋白の上昇(脳に炎症が起こっていることを表す)、脳MRI検査異常などの特徴がそろった場合には、自己免疫性脳炎の可能性が高いと考えます。
実際の診療では、最初に上記の「1.感染性髄膜炎・脳炎」を疑って検査を開始します。その次に、自己免疫性脳炎の原因となるような腫瘍がないか、血管炎や橋本病などの自己免疫疾患が背景に存在しないか、についての検査を行います。病状の経過について詳細な聞き取りを行った後に、診断に必要な自己抗体についての検査を行います。
自己抗体は、神経細胞のどの部分に作用するかよって分類されています。神経細胞の内部の抗原に対しての抗体(抗GAD抗体、抗Hu抗体、抗Ma2抗体)、シナプス受容体に対する抗体(抗NMDA受容体抗体、AMPA受容体抗体など)、イオンチャンネルや細胞膜蛋白に対しての抗体(抗LGI1抗体、CASPR2抗体など)などがあります。
近年、続々と解明されている自己抗体については、必要に応じて大学などの研究機関に検査依頼を行い、診断と治療をすすめていきます。

治療

どの抗体が関連する脳炎かによって治療方法が異なります。免疫抑制作用のあるステロイドホルモンや免疫抑制剤の治療(点滴、内服)、血漿交換療法などがあります。てんかん発作に対しては、抗てんかん薬の点滴や内服加療を行います。また、腫瘍が関連する自己免疫性脳炎と診断した場合には、関連する腫瘍に対する治療も同時に行う場合があります。治療にたいする反応性は、病気のタイプによって異なります。数か月~数年間に及ぶ場合もありますが、確実に診断した上で治療をはじめることがとても重要となります。