自己免疫による末梢神経障害このページを印刷する - 自己免疫による末梢神経障害


免疫はウイルスや細菌などの異物(抗原)を認識して、排除しようとする本来備わった防御機構ですが、自分の身体を誤って異物と認識することは「自己免疫」と呼ばれており、さまざまな障害を引き起こします。末梢神経は電線のように電気信号で情報を伝えています。末梢神経は次の3種類に分けられます。手足の感覚情報を脳に伝える感覚神経、脳からの運動の命令を全身の筋肉に伝える運動神経、発汗や腸の蠕動、心臓の拍動などさまざまな命令を伝える自律神経です。感覚神経や運動神経では、電線に相当する部分である「神経軸索」の周囲に、絶縁体(電線のカバー)に相当する「髄鞘」を持っているため、情報を瞬時に伝えることができます。自己免疫に伴う末梢神経障害では、この「神経軸索」や「髄鞘」が障害されて情報が伝わりにくくなります。障害されるスピードは病気によって異なります。
主な疾患を下表に示します。
 
  疾患名
急性に進行 ギラン・バレー症候群
フィッシャー症候群
慢性に進行 慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)
MAG抗体陽性ニューロパチー
多巣性運動ニューロパチー(MMN)

ギラン・バレー症候群

急性に進行する末梢神経障害です。有病率は10万人あたり1~2人で、いずれの年齢層にも発症する可能性があります。男女比は3:2で、やや男性に多い傾向があります。

ギラン・バレー症候群の症状・経過

風邪や下痢などの感染がまず起こり、その1~4週間後に手足先の筋肉に筋力低下が出現します。しびれ感などの感覚障害も出現しますが、多くの場合で筋力低下が目立ちます。両下肢から始まって両上肢にも拡がり、1~2週間でピークに達します。軽症例から重症例まで様々ですが、重症例では嚥下障害(ものが飲み込めない)や呼吸障害も出現し、致命的になります。また、顔面神経麻痺や眼球運動障害などの脳神経障害や、不整脈や腸閉塞などの自律神経障害を合併する場合もあり、重症例ほど頻度が高くなります。4週を過ぎると徐々に改善しますが、後遺症が残る場合もあります。2~5%で再発がみられ、その場合には後述する慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)との鑑別が必要になります。

ギラン・バレー症候群の原因・先行感染

ギラン・バレー症候群では50~60%に抗ガングリオシド(糖脂質)抗体と呼ばれる末梢神経の構成成分である糖脂質に対する抗体が検出されます。一部の細菌やウイルスがこの糖脂質に類似の構造物を持っており、先行感染による免疫反応が起こった患者さんの一部に自己免疫反応が起こると考えられています。患者さんの約70%に先行感染があり、そのうち60%は風邪などの上気道感染で、20%は下痢などの消化器感染です。先行感染のほかに狂犬病ワクチンが発症に関連すると報告されていますが、インフルエンザワクチンは関連が否定されています。

ギラン・バレー症候群の診断と検査

末梢神経の障害を確認し、似たような症状を示す疾患を除外することで診断します。そのために、髄液検査や神経伝導検査などの電気生理学的検査を行います。また、血液中の抗ガングリオシド抗体を測定します。 末梢神経の軸索(電線に相当する部分)が障害されているか、髄鞘(電線のカバーに相当する部分)が障害されているかによって、その後の症状の変化が異なります。神経伝導検査によって、いずれが主に障害されているかを直接判定することができます。
呼吸障害がある場合には、呼吸機能検査や血液ガス検査などで呼吸筋障害の状態を確認します。嚥下障害がある場合には、嚥下造影検査などで適切な食事形態や摂取方法を確認します。

ギラン・バレー症候群の治療

<急性期の治療>
 
  • 免疫グロブリン大量療法:献血からつくられた血液製剤で、ほかの自己免疫疾患でも使用されます。通常は5日間点滴します。特に投与開始30分以内に頭痛などの副作用が出現する場合があり、点滴速度を遅くしたり栄養点滴を同時に行ったりして副作用を回避します。
  • 血漿浄化療法:血液を採取し、人工透析と同様の機械を用いて、浄化します。一度にたくさんの血液を採取する必要があるため、首や足の付け根の太い静脈にカテーテルを挿入して行うか、手足に太い血管がある場合にはそれにプラスチックの柔らかい針を挿入して行います。治療中は、体内の血液量が減って、血圧などが不安定になりやすいため速度を調整しながら慎重に行います。また、通常は週に2~3回、計4~5回行います。
    方法には、単純血漿交換、二重膜濾過法および免疫吸着法がありますが、特に単純血漿交換法と二重膜濾過法とでは、原因になる抗体だけでなく、身体に必要なアルブミンなども失われるため、血液製剤を用いて補充する必要があります。免疫吸着法では、アルブミンを補充する必要はありませんが、除去したい抗体の種類によっては除去できない場合があります。
  • 妊娠中の治療:免疫グロブリン大量療法と血漿浄化療法のいずれも、妊婦や胎児に対する安全性は確立していませんが、これまでに副作用の報告はありません。ギラン・バレー症候群が重症になると、呼吸障害のために胎児に酸素が十分に届かず、死産や障害をもって生まれる可能性があり、治療を行うことが望ましいです。血漿浄化療法では血圧が不安定になる場合があるため、免疫グロブリン大量療法が治療ガイドラインで推奨されています。
  • 補助療法:呼吸障害が重度の場合には、人工呼吸管理を行います。
    嚥下障害のために誤嚥のリスクがある場合には、経鼻経管栄養や点滴などをします。
    下肢の筋力低下が強い場合には、血液の流れが滞って血栓ができる場合があります。弾性ストッキングの着用や、ヘパリンなどの抗凝固薬で血栓予防をします。

<後遺症の治療>

発症8週以降の免疫グロブリン大量療法や血漿浄化療法は、有効性が認められていません。リハビリテーションによる機能回復を図ります。また、60~80%の患者さんで痛みが残ることがあり、カルバマゼピンやガバペンチンなどの内服薬で痛みのコントロールを行います。

フィッシャー症候群

急性に進行する末梢神経障害で、ギラン・バレー症候群の亜型と考えられています。有病率は10万人あたり0.5人で、男女比は2:1で男性に多い傾向があります。

ギラン・バレー症候群と同様に、80~90%の患者さんで先行する感染症があり、そのうちの8割は上気道炎です。眼球運動障害によりものが2重に見えたり、立ったときにふらつき(運動失調)が起こることが主症状である点は、ギラン・バレー症候群とやや異なっています。発症6ヶ月以内に自然軽快する予後良好な疾患ですが、患者さんの一部に再発があります。血液中からは、抗ガングリオシド抗体であるGQ1b IgG抗体が80~90%の患者さんで検出され、この抗体が眼球運動神経や感覚神経などを障害すると考えられています。

自然経過による回復が期待できるため、治療を必要としない場合が多いですが、症状が重度の場合や、ギラン・バレー症候群類似の症状を呈する場合には重症化することがあり、ギラン・バレー症候群に準じた治療を行います。

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)

2ヶ月以上かけてゆっくりと進行する末梢神経障害で、有病率は10万人あたり1~2人です。男女比は3:2で男性に多い傾向があります。

CIDPの症状・経過

四肢の筋力低下としびれ感が徐々に進行します。一方で、呼吸障害や自律神経障害が起こることはめったにありません。発症年齢によって病気の経過が異なります。20歳以下の若年発症の患者さんでは、再発と寛解(病気が起こったり治ったりする)を繰り返す場合があります。また、半数の患者さんでは、病初期に亜急性に(数週間の単位で)進行します。

CIDPの原因

自己免疫により、末梢神経の髄鞘(電線のカバーに相当する部分)が障害されます。病気が長くなると、次に軸索(電線に相当する部分)も障害されます。この病気に特異的な抗体は、これまでにみつかっていません。
ギラン・バレー症候群のような先行感染はほとんどありません。悪性リンパ腫などの悪性腫瘍との関連が報告されていますが、十分には分かっていません。一部の患者さんで予防接種との関連が疑われており、インフルエンザワクチン接種後に増悪した例が報告されています。

CIDPの診断と検査

末梢神経の障害があること、似たような症状を示す他の疾患がないこと、この2つを確認することでCIDPと診断します。具体的には、髄液検査や、神経伝導検査などを行います。末梢神経の髄鞘が障害されているか、軸索にも障害が及んでいるかによって、その後の症状の改善のしやすさが異なります。神経伝導検査によって、障害の拡がり方を評価したり、治療した後に再検査をして、治療に対する反応性を評価したりすることができます。
その他には、MRIなどの画像検査で、末梢神経が脊髄から離れる根元部分(神経根という部位)の肥厚(腫れ)が起こっていないかを調べます。また、他の病気を除外するために、血液中の抗体を測定したり、神経生検を行ったりする場合があります。

CIDPの治療

自己免疫反応を抑えることが、治療の主な目的となります。抑える方法として、副腎皮質ステロイド薬、免疫グロブリン大量療法および血漿浄化療法の3種類が挙げられます。いずれもほぼ同等の効果であると報告されていますが、特別な準備が必要ないことから副腎皮質ステロイド薬や免疫グロブリン大量療法を第一選択にすることが多いです。血漿浄化療法には、単純血漿交換法、二重膜濾過法および免疫吸着法があり、単純血漿交換法で有効性が確認されています。 治療開始後、2ヶ月以上経過しても効果がない場合(副腎皮質ステロイド薬では3ヶ月以上)にはほかの治療への変更を考慮します。最初の治療で効果が得られても、多くの場合には繰り返し治療が必要になります。定期的に免疫グロブリン大量療法を行うことが推奨されていますが、効果が不十分な場合などには、必要に応じて副腎皮質ステロイド薬や免疫抑制剤を併用します。 これらの治療によって自己免疫反応を抑え、さらにリハビリテーションによって運動機能の改善を図ります。
 
  • 副腎皮質ステロイド薬:内服する方法と、点滴で大量投与する方法(ステロイドパルス療法)とがあり、いずれも有効です。副腎皮質ステロイド薬を長期に内服する場合には、骨粗鬆症や糖尿病、体重増加、白内障などの副作用が生じたり、感染症を合併しやすくなったりします。内服する量が多いほど副作用も出やすくなります。あらかじめ、これらの合併症がないか治療前に十分に確認し、治療開始後も副作用が起こっていないか、定期的にチェックする必要があります。
  • 免疫グロブリン大量療法ギラン・バレー症候群の項をご参照下さい。
  • 血漿浄化療法ギラン・バレー症候群の項をご参照下さい。
  • 免疫抑制剤:シクロホスファミドやアザチオプリンなどの内服薬を使用しますが、いずれの薬剤が優れているかについては明らかになっていません。副作用がある場合には他の薬剤に変更します。
  • 妊娠中の治療:免疫グロブリン大量療法も血漿浄化療法も妊婦や胎児に対する安全性は確立していませんが、これまでに副作用の報告はありません。妊娠初期には、副腎皮質ステロイド薬で胎児奇形のリスクがあり、使用を控えます。また、免疫抑制剤も胎児奇形のリスクのため、妊娠中は使用できません。これらの薬剤を使用中に妊娠を希望される場合には、あらかじめほかの治療に変更しておく必要があります。

MAG抗体陽性ニューロパチー

緩徐に進行する末梢神経障害で、四肢の先にしびれ感と筋力低下が出現します。中年以降の男性に多いです。MAGは末梢神経の髄鞘(電線のカバーに相当する部分)を構成しており、MAG抗体によって髄鞘が障害されます。悪性腫瘍を合併している場合があり、血液検査などで定期的に検査しておく必要があります。

CIDPに準じて検査や治療を行いますが、治療に反応しにくいことが多いです。免疫グロブリン大量療法や血漿浄化療法(単純血漿交換)が治療ガイドラインで推奨されており、当院でも部分的な改善の得られた例を経験しています。リツキシマブという抗体産生を抑える治療薬も考慮されますが、保険適応はありません。

多巣性運動ニューロパチー(MMN)

緩徐に進行する末梢神経障害で、有病率は10万人あたり0.5人です。中年で発症することが多く、男女比は2~3:1で男性に多い傾向があります。ガングリオシド抗体のうちGM1 IgM抗体が約半数の患者さんで検出され、末梢神経の髄鞘(電線のカバーに相当する部分)が障害されます。

上肢の筋力低下と筋萎縮で発症することが多く、進行すると下肢にも筋力低下が出現します。感覚障害はなく、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と鑑別が必要な場合がありますが、ALSと違い、構音障害や嚥下障害はありません。
免疫グロブリン大量療法が有効ですが、繰り返し治療が必要な場合があります。また、リハビリテーションによって運動機能の改善を図ります。副腎皮質ステロイド薬は症状を悪化させる場合があり、使用しません。その他にCIDPに準じた治療を行う場合がありますが、有効性は十分には検証されていません。