「リウマチ患者さんの生活の質を向上させるために」このページを印刷する - 「リウマチ患者さんの生活の質を向上させるために」

今回は、平成30年3月4日の市民公開講座の内容をご紹介したいと思います。今回も、前回に引き続き、関節リウマチに関する講演になっています。もっと早くにこのページをアップしたかったのですが、諸事情によって遅れてしまったことをお詫び申し上げます。

今回の講演は、「関節リウマチの治療」「安定期の管理」「関節リウマチの併発症」の三部構成になっています。
ちなみに、「合併症」というのは、関節リウマチと関連が強い病態のことをいいます。

「併発症」というのは、そこまでの強い関連はないものも含んだ病態のことをいいます。今回のメインテーマである「リウマチ患者さんの生活の質」を確保していくためには、意外な「併発症」に対処していくことが重要であることを、今回の話で理解していただけるのではないかと期待しています。

当日の雰囲気が少しでも伝わりやすくなるように、いつものように話し言葉で記載していきます。せっかくの機会ですので、当日は時間の関係でお話しできなかった内容も付け加えながら、進めていきたいと思います。

前回もそうでしたが、著作権の関係のためにスライドそのものを掲載できないことをお許しください。もちろん、内容はスライドなしでも理解可能なものになっています。

 

始めに

宇多野病院リウマチ膠原病内科の柳田です。
本日は、当院の市民公開講座にご出席いただき、誠にありがとうございます。本日は気持ちよく晴れた行楽日和にも関わらず、大勢の方にご参加いただき、ありがとうございます。昨年度は、当科は私を含め3名の医師で関節リウマチなどの膠原病に対する診療を行っていますとご挨拶しました。
今年度は、さらに増員がありました。鮎澤先生が平成29年4月に育休から復帰されただけではなく、29年7月には近藤先生が京都大学から赴任されましたので、当科は、現在合計4名という充実した体制でリウマチ膠原病の診療を行っています。

さて、本日も膠原病の中でも最も患者数の多い、関節リウマチについてお話しします。 本日の話は、3部構成になっています。

第一部は、前回の復習が主なものです。この講座に初めて参加される方もいらっしゃいますので、関節リウマチの治療の原則と現状を中心にお話しします(治療に関して知識のあるかたは、ここは省略して、第二部からみていただいてもよいかもしれません)。

第二部では、症状が落ち着いてからの関節リウマチ治療のお話です。いつもの話は、症状を落ち着かせるまでの話ですが、今回は落ち着いた状態を維持するための、安定期の関節炎症の管理について、実際面で重要なことをお話しします。

第三部は、今回最も時間をかけて準備したところです。生活の質を向上させるためには、関節だけをみていればいいのか?という話です。患者さんと協力して行う、全身の管理の実際です。

せっかく来ていただいたみなさんのために、普段はあまり聞けないことをお話しようと考えています。
理解しにくい点については、質問の時間を用意しています。ご遠慮なく、ご質問ください。
本日の講演が、ここにいらっしゃる皆様全員にとってお役にたつことを、心から願っています。では、さっそく始めましょう。

第一部

「関節リウマチの治療‐前回の復習とその後の進歩」

これに関しては、前回の市民公開講座「関節の具合はどうですか?-関節リウマチの診断と治療戦略-」のページを参照していただければと思います。
そうは言っても、簡単には内容を紹介してみましょう。
 

「前回の復習」

ごく簡単に復習してみます。
関節リウマチというのは、「関節」という名前の通り、全身の関節に痛みや腫れといった症状がでて、時間の経過とともに関節を壊していく病気です。
一般的には、関節の滑膜が炎症を起こしていると説明されます。炎症というのは、症状としては、「赤み」、「腫れ」、「痛み」、「熱」として現れます。
炎症反応によって惹き起こされるMMP-3の分泌や、滑膜細胞などの細胞集団パンヌス、破骨細胞の活性化によって、関節の破壊が進行し、関節の変形に至り、様々の機能障害を起こしていきます。機能障害は、現在の生活を継続することを困難にし、労働能力が失われて失業に追い込まれたり、寿命の短縮などの生命という面でも不利になることにもつながっていきます。

関節リウマチの治療の基本原則も、この関連をたどるように4階建てになっています。
火事にたとえれば、できるだけ下の階で延焼を抑えて、2階、3階、4階に火がまわっていかないようにするというものです。
1階は関節の炎症で、これを抑えていかないと、2階の関節破壊をひき起こしてしまいます。2階の関節破壊を抑えていかないと、3階の関節機能の低下を招いてしまいます。
3階の関節機能の低下を起こしてしまいますと、4階の現在の生活の継続、労働能力の確保、生命予後の改善ということは望めなくなっていまいます。
結局のところ、1階の火事、関節の炎症をどれだけ抑え込めるかということが、治療の鍵となってきます。

それでは、関節の炎症の強さを、どのように評価し、どこまで抑え込めばよいのでしょうか。
日常の臨床では、関節の炎症の勢いを、4種類の指標で評価します。

①血液検査:血清学的活動性

RPと血沈(赤沈)が代表的です。補助として、MMP-3が用いられます。

②患者さんの自己評価(ヴィジュアル・アナログスケール:VAS)

その患者さんが最悪と考える状態を100として、通常のなんでもない状態を0とした場合に、現在の状態がいくつくらいに当たるかを評価します。最悪と考える状態を10とする場合もあります。

③圧痛関節数

おさえると痛みを感じる関節の数です。医師(または専門看護師)が関節をおさえてみて、評価します。

④腫脹関節数

腫れている関節の数です。医師(または専門看護師)が関節をおさえてみて、評価します。炎症で腫れている関節は水がたまっているので、触ってみると、ぷくぷくした感触になります。 この4種類の指標をもとに炎症の程度を数値化し、4段階に分けて、治療の調整のよりどころとしています。
炎症が強い方から、①高疾患活動性、②中等度疾患活動性、③低疾患活動性、④寛解、という4段階です。「寛解」が治療目標ですが、「低疾患活動性」までは個々の患者さんの事情によって容認されます。

この治療目標を速やかに達成することを目的とした治療戦略が、Treat to Target(目標を指向する治療)です。
原則として3か月を1単位として、目標を達成するまで治療内容を調整していきます。
具体的な治療手段としては、「従来型合成抗リウマチ薬」「標的型合成抗リウマチ薬」「生物学的製剤:先行品」「生物学的製剤:後続品」の4つのグループの薬剤があります。
この中で、「従来型合成抗リウマチ薬」である「メトトレキサート」が治療の中心となり、それで効果不十分の時に「生物学的製剤:先行品/後続品」「標的型合成抗リウマチ薬」が追加されていくというのが基本原則です。
 

「今回追加したポイント」

今回追加した主なポイントは、「新たに導入された治療手段」です。

「従来型合成抗リウマチ薬」では追加はありません。

「標的型合成抗リウマチ薬」は、内服薬という簡便な治療手段でありながら、注射薬である生物学的製剤と同等、あるいはそれ以上の効果をもつ薬剤で、今後の関節リウマチ治療の主役となるのではないかと期待されている薬剤のグループです。
このグループに属する薬剤は、現状では、複数のサイトカインなどの作用を阻害する作用のある、JAK阻害薬のみとなっています。
JAK阻害薬では、前回は「ゼルヤンツ®錠」(当ホームページ「関節リウマチの新しい治療薬-内服のJAK阻害薬であるゼルヤンツ錠5㎎について」をご参照ください)だけでしたが、それに続いて、「オルミエント®錠」が保険承認されました。
「オルミエント」については、このホームページで独立したページを作ることを考えています。

「生物学的製剤:先行品」では、IL-6という炎症反応に重要な役割を果たしているサイトカインの阻害薬で、新たな製剤が加わっています。
前回は「アクテムラ®注」だけであったのが、「ケブザラ®注」が保険承認されました。「アクテムラ」と「ケブザラ」をどう使い分けていくのかは、これからの問題となります。

「生物学的製剤:後続品」では、前回は、「インフリキシマブBS」という「レミケード®注」の後続品だけであったのが、この5月にも、「エンブレル®注」の後続品が保険収載されそうです。いよいよ後続品(バイオシミラーともいいます)の時代が本格化してきそうです。後続品は、先行品の7割くらいの価格となると予想されています。

これらのグループに属さない「プラリア®注」については、時間の関係で触れることができませんでした。この薬は、骨粗しょう症の治療薬としても知られ、6か月もしくは3か月に1回、皮下注射で用います。破骨細胞が活性化するのを阻害するので、骨破壊の抑制効果は強力です。ただし、炎症の抑制効果がないので、他の治療薬と併用で用いられます。
「プラリア」については、このホームページに独立したページ「関節リウマチの新しい治療薬プラリアについて」がありますので、ご興味のあるかたはそちらをご参照ください。

治療薬の選択の順番などについても変わりがありません。
主に経済的な理由により、メトトレキサート(リウマトレックス®カプセルなど)が依然として治療の主役(アンカー・ドラッグ)となっています。
ただし、安全性などへの配慮の面から、一時よりは少ない量が推奨されてきています。私の使用量の目やすは、1週間の投与量がKg体重の5分の1から4分の1の㎎数というところです(例えば、体重52㎏の人であれば、週10~13㎎、2㎎カプセルなら5~6カプセルということになります)。もちろん、腎機能などの個別の要因で、この使用量はより少ないものになっていきます。

治療戦略に関しては、「治療目標を数値化し、寛解もしくは低活動性という数値目標をできるだけ速やかに達成し、それを維持する」という、Treat to Target(目標を指向した治療)に変わりはありません。

最終的な治療のゴールが、「現在の生活の継続」「労働能力の確保」「生命予後の改善」であることも変わりがありません。

第二部

「症状が落ち着いてからの関節リウマチ治療-関節炎症の管理についての重要ポイント」

さて、これらの治療を行うことによって、治療目標が達成できたとしましょう。
Treat to Target(目標を指向した治療)の治療戦略では、「ひとたび治療目標が達成されたら、(それで安心せずに)その状態を維持していくことが必要」とされています。
これまでの私の話は、どのようにして(どのような薬を使って)治療目標を達成するか、という話ばかりで、達成後の話はしてきませんでした。しかし、人生九十年時代には、この達成後の期間のほうがはるかに長期間であり、大事であることはいうまでもありません。
ここのパートでは、低活動性以下の状態を長期にわたって維持していくためのポイントについて、ご紹介していきます。
 

「問題1:どこまで炎症を抑える必要があるのか」

具体的な患者さんを想定して、考えていきましょう。この想定は、Treat to Target普及のためのスライドキットをもとにしています。
72歳の女性、それなりの高齢です。以前は仕事をされていましたが、現在は引退されています。無理はしなくてもすむ状況ですね。関節リウマチと診断されたのは約15年前で、ベテランの患者さんです。
メトトレキサート週12㎎(リウマトレックスなら6カプセル)で治療されていますが、痛があります。
圧さえて痛い関節は3か所、腫れている関節はありません。
全般的な状態は、最悪を100とすると22くらいで、比較的良い状態でしょうか。
CRPは0.5㎎/dlでほぼ正常値、血沈も15㎜で正常値です。
関節のレントゲンでは、1年前と比べて、進行を認めていません。

さて、この患者さんは、「低活動性」の状態にありますが、痛みの訴えがあります。
「寛解」までもっていくために、治療を調整・強化すべきでしょうか。メトトレキサートを増やすべきでしょうか。

一般的な対応は、以下のようなものです。

①メトトレキサートの量は、そのままとして増やさない

②鎮痛剤を追加する


この判断の背後にあるのは、Treat to Targetのステートメント3です。
「寛解を治療目標とすべきだが、すでに関節の破壊が進行している患者さんや、発病から長期間経過している患者さんでは、低活動性が目標でもよい」

治療では、「安全性」と「得られる利益」のバランスが大事です。
高齢で、発病から長期間経過している患者さんは、圧さえると痛い関節や腫れている関節が3か所くらいまではあったとしても、それほど生活の質は変わらないということを根拠としています。
少々の炎症が残っていても、関節の構造(この患者さんでは、関節のレントゲン像は1年前と同じでした)や機能に影響がなければかまわない、ということです。
 

「問題2:副作用にどのように対応していくか」

この患者さんは、同じ用量でメトトレキサートを続けることになりました。幸いなことに3か月後も低活動性の状態で安定していました。
ところが、血液検査をしたところ、肝臓の酵素の値(GPT/ALT)が正常の上限の4倍に上がっていました。どうしたらよいでしょうか?

一般的な対応は、以下のようなものです。

①メトトレキサートをすぐに中止する

②アザルフィジンEN®錠などの、他の治療に切り替える


この判断の背後にあるのは、Treat to Targetのステートメント9です。
「治療目標の設定にあたっては、患者さんの体の状態、治療薬の副作用リスクなどを考慮する」

副作用のリスクは、年齢が高齢化するにつれて変化していきます。それまで問題なく使えていた薬剤も、年齢を重ねると、減量や変更の必要がでてくることがあります。
その場合は、よりリスクが少ないと考えられる治療内容に調整していく必要があります。

この例の対応では注意点が一つあります。もしも、メトトレキサートを導入するときに、肝炎ウイルスのチェックをしていなかったとしたら、対応は変わってきます。
過去に体内に侵入して(この時に自覚症状があるとは限りません)、ずっと休眠状態であった肝炎ウイルスが治療によって活性化して、肝臓に傷害を与えている可能性がでてきます。そうだとしたら、メトトレキサートはすぐには中止してはいけません。肝臓の専門医と一緒に治療を行いながら中止していくことになります。
ここでは、そういう基本的な対応はしてあるという前提でお話ししています。
 

「問題3:落ち着いていたら、治療薬を中止してもよいか」

次にお話しするのも重要なポイントです。講演後の質問も、この話に関するものが最も多くなっていました。

この患者さんは、アザルフィジンENを服用して2年間たちました。リウマチの活動性は、もう1年以上寛解の状態で安定しています。
圧さえて痛い関節も、腫れている関節もありません。患者さんの全般活動評価は20/100で良好であり、血沈・CRPも正常値です。関節のレントゲン所見も以前と変化ありません。
薬をのむのはわずらわしい、とのことで、アザルフィジンENを中止することを希望されています。アザルフィジンENを中止してもよいでしょうか?

一般的な対応は、以下のようなものです。

①アザルフィジンENを中止しないように説得する

この判断の背後にあるのは、Treat to Targetのステートメント8です。
「設定した治療目標は、今だけ達成していたらよいというものではない。全経過を通じて維持する必要がある」

患者さんの希望にお応えすることが最良の診療とは限りません。
治療を妥協すると、将来にしっぺ返しが来る可能性が高くなります。

同じ治療を続けていても、さまざまな理由によってリウマチの勢いが強くなってくることがあります。ましてや、治療を止めてしまっては、その危険性はさらに高まってしまいます。
ある報告では、1年以内にリウマチの勢いが再燃する確率は、治療を継続しているグループでも20%、止めてしまったグループでは40%に上ったとなっています(Lancet 1996;347:347)。
副作用の問題がない限り、治療をそのまま継続するのが基本原則です。

ここで、治療薬を中止するときの一般的な優先順位についてお話をしておきます。

日本リウマチ学会の、関節リウマチ診療ガイドライン2014では、

①生物学的製剤投与中で

②ステロイド減量後も、寛解の状態を維持できていれば

③特に、従来型合成抗リウマチ薬(リウマトレックスやアザルフィジンENなど)を併用している場合に

④生物学的製剤の減量を考慮できる


となっています。
まずは、ステロイドの減量を、次に生物学的製剤の減量を考慮し、従来型合成抗リウマチ薬は残すことになっています。

このガイドラインでは、以下のような記載もあります。

①長期間寛解が維持できれば

②患者と医師の意思共有のうえで

③従来型合成抗リウマチ薬の投与量を

④慎重に減量することを考慮してよい。


なんとなく、減量して悪くなっても責任持てませんよ、ともとれかねない、苦渋の表現です。副作用の問題がない限り、従来型抗リウマチ薬を継続するという基本を守ったほうがよいと私は考えます。

ちなみに、生物学的製剤の減量・中止についても、可能なこともありますが、不確実であることを認識する必要があります。 成功率を高める条件は、一般的にいわれているのは以下のようなものです。

①発症早期の生物学的製剤導入であること(とくに3か月以内?)

②深い寛解の状態(痛み、腫れなどいっさいなし)を持続すること(6か月?1年以上?)

③減量・期間の延長は控えめに(33%~50%くらいまで)


①については、私も積極的に行うことがあります。私の場合はヒュミラ®注が主ですが、メトトレキサートで治療開始し、3か月以内にヒュミラを開始し、6か月間程度ヒュミラを使用して活動性を落ち着かせた後で、ヒュミラのみを中止するというやり方です。ヒュミラ以外の生物学的製剤でも、同様のやりかたで高い離脱成功率が得られたという報告が複数あります。

第三部

「生活の質を向上させるためには、関節だけをみていればいいのか-患者さんと協力して行う、全身の管理の提言」

これからは、関節以外のことについて考えていきます。
生活の質を向上させるためには、関節以外のことにも眼を向ける必要があります。

関節リウマチの治療の原則は、以下の4つの階層からなる、とお話ししました。

1階:まず、関節の炎症を抑える

2階:炎症の抑制によって、関節が破壊されていくのを防止する

3階:関節の破壊の防止によって、関節の機能を維持する

4階:機能を維持することによって、現在の生活を継続できるように、働ける能力を確保できるように、一般の人と変わらない寿命が得られるようにする


原則はそうなのですが、実はこの3階と4階の間にはギャップがあります。
炎症を抑えることによって、生命の危険を減らすことができるのであれば、これだけ抗炎症治療の進歩した現在では、リウマチの患者さんと一般の人の死亡率は変わらなくなってきているはずです。
しかし、現実には、2010年の時点でも死亡率の差はあまり縮小しておらず、依然としてリウマチの患者さんのほうが死亡率が高いと報告されています(Arth Care Res 2014;66:1296)。
つまり、4階の目標、一般の人と変わらない寿命が得られるようにするという目標を達成するためには、関節の管理だけでは不十分だということです。全身の管理が必要だということを、この報告は示しています。

全身の管理には3種類あります。

①関節リウマチに直接的に関係する合併症(間質性肺炎など)への対応

②関節リウマのチ治療に関連する合併症への対応

③一般的に起こりうる様々の病態、特に関節リウマチの患者さんに起こりやすい病態(併発症)への対応


本日は、③についてお話をしようと思います。
 

「オランダのリウマチ専門外来の現状と、欧州リウマチ協会の提案」

現状をみてみましょう。オランダの有名な病院のリウマチ科外来の現状ですが、私の外来も同じようなものです(Rheumatology 2017;56:1472)。オランダ人は日本人よりも動脈硬化による病気が多いようですので、その点は差し引いて考える必要があります。
この外来では、患者さんの43%に高血圧症を、73%に高脂血症(コレステロールの値が高いこと)を認めています。かなりの確率ですね。

この中で、高脂血症に対する薬や血圧を下げる薬を使って、適切に治療されている患者さんは、全体の12%しかいませんでした。両方の薬とも使ったほうがよい状況なのに、全く使っていない患者さんが、28%もいました。

さらに、心臓や脳の血管の病変のリスクが高い患者さんの約半数が、全く治療を受けていないことがわかりました。心筋梗塞、脳梗塞、脳出血というような心血管病変は、生命の危険もさることながら、寝たきりになってしまうなど、生活の質を極端に低下させてしまいかねない病態です。心血管病変の発症をゼロにすることは、神様でも仏様でも不可能なことではありますが、何とかリスクを減らしていきたいところです。

このような現状を踏まえて、欧州リウマチ協会は「提案」を出しました(まだ、現実に実行するには数多くのハードルがあるので、「ガイドライン」にはなっていません)(Ann Rheum Dis 2016;75:965)。 それによりますと、

①合併症の評価は、リウマチ科医、看護師、患者さん本人が協力して行う

②リウマチ科医だけでは、評価・治療を行うのは無理だろう

③リウマチ科医は、適切な医療機関(一般開業医もしくはその領域の専門家)と連携すべきである


となっています。
1人の患者さんに30分くらいかけて診療する欧州の医師でも手が回らないといっているのですから、遥かに過酷な条件で仕事をしているわが国の医師では、とても無理です。看護師などのコメディカル、そして、これが最も重要ですが、患者さんご自身の協力を仰ぐ必要があります。
 

「患者さんが中心となる医療連携の提案」

一般開業の先生との連携の仕方としては以下のパターンが考えられます。以下は私の個人的な考えです。
すでに一般の先生にかかりつけの患者さんの場合

①もともとの全般的な診療はかかりつけ医で継続し、リウマチ膠原病の診療のみをリウマチ科で行う

②リウマチ膠原病が落ち着いている場合は、リウマチ膠原病の診療もかかりつけ医で行い、必要時や定期チェックだけを、リウマチ科で行う


すでにリウマチ科にかかっているが、かかりつけ医のいない患者さんの場合

①あらたにかかりつけ医を作っていただき、全般的な診療については、その先生にお願いする

②あらたにかかりつけ医をつくっていただくのは、上と同じ。リウマチ膠原病が落ち着いている場合は、リウマチ膠原病の診療もかかりつけ医で行い、必要時や定期チェックだけを、リウマチ科で行う


ここで大事なのは、患者さんご本人の役割です。ご家族などのパートナーの支援が必要、あるいはパートナーが中心となる場合もあるでしょう。 モデルケースとしては以下のようになります。将来的には電子媒体を利用することになるでしょう。

①情報の収集の段階

問診票などの情報シートをご本人に記入していただき、それをもとに医師やコメディカルが追加の質問や、適宜検査を行う

②情報の記録の段階

ご本人、医師、コメディカルの協力で、情報シートを可能な限り完成させる

③情報の管理の段階

情報シートのコピーを、ご本人と医療機関とで保管する

④情報の伝達の段階

ご本人が保管している情報シートを、他の医療機関を受診した時に、紹介状などと一緒に提示する

以上のモデルケースは、患者さんご自身の情報は、患者さんご自身が主体的に管理するのが最も適切であるという発想のもとに作られています。
情報シートの更新は、3~5年が適当と考えています。
 

「欧州リウマチ協会の提案する、心血管病変のリスク評価の実際と、その根拠」

さあ、いよいよ、具体的な情報収集のやり方をみていきましょう。欧州リウマチ協会の提案にもどります。
収集すべき情報は以下の通りです。

①これまでに心血管病変にかかったことがあるか

心筋梗塞、狭心症、冠動脈ステント、脳血管障害、一過性脳虚血発作、心不全、下肢動脈病変がこれまでにあったか

②心血管病変のリスクはどの程度か

喫煙状況、BMI、高血圧、高コレステロール血症、腎機能、HEART-SCOREインデックスなどの心血管病変のリスクの評価指標のスコア(どういうインデックスを使うかは、国によって異なります)

③心血管病変の治療薬を現在服用しているか

降圧薬、抗血小板薬、糖尿病薬(経口・インスリン)、抗高脂血症薬、抗凝固薬を服用しているかです。

こう書くと煩雑のようですが、実際にはチェックボックス形式になっているので、思ったより簡便なものです。欧州リウマチ協会の作製したシートを参考に、私が日本語版も作ってみました。心血管病変以外の領域についても試作シートがありますので、ご希望の患者さんにはすでにお渡ししています。本日の講演会の資料の中にも入れさせていただいています。

なぜ、関節リウマチの患者さんで、これほど心血管病変のことを重視するのでしょうか。
それは、冒頭にあげたようにリウマチ科医だけでは一般的な問題にまで手が回りかねるということもありますが、それ以外にも理由があります。
それは、関節リウマチを代表とする、関節に炎症をきたす病気の患者さんでは、心血管病変を起こす確率が一般の人よりも高いということにあります。
たとえば、関節リウマチでは、一般の人に比べて50%くらい発病のリスクが高いといわれています。心血管病変のリスクのスコアを算出するときには、関節リウマチの患者さんの場合は1.5倍にして調整することの根拠は、ここからきています。

もっとイメージしやすくするために、他の病気と比較してみましょう。
糖尿病は、血糖のコントロールが悪いと、血管の動脈硬化を促進してしまう病気です。糖尿病は、心血管病変を惹き起こしてしまう病気の代表的なものです。
実は、「関節リウマチの患者さんは、心筋梗塞を起こすリスクが糖尿病と同等」という報告があります(Ann Rheum Dis 2011;70:929)。海外の報告なので、わが国の状況とは違いがあるかもしれませんが、心血管病変に注意すべきなのは明らかでしょう。

さらに関節リウマチ患者さんの心血管病変には、特有の問題があります。
心血管病変は、ご承知の通りのように高齢になると増えてくる病気です。しかし、関節リウマチなどの関節に炎症をきたす病気では、若い人でも心血管病変を起こしかねないという点で、注意が必要なのです。
スライドに示しましたように(Ann Rheum Dis 2015;74:326)、年齢別にして、「主要な心血管病変」「心筋梗塞」「脳血管障害(脳梗塞・脳出血)」「心血管病変による死亡」がどれくらいあるかをみてみます。すると、一般の方にくらべて、関節リウマチの患者さんでは若いときほどリスクに差がある(心血管病変を起こしやすい)ことが見てとれます。70歳、80歳になってくると一般の方との差はなくなってきます。
通常の場合よりも若くして機能障害や生命の危険があるということで、対応する必要性がおわかりいただけたのではないかと思われます。

注意すべき根拠として次に取り上げるのは、関節リウマチの治療に用いる薬剤の面からの、心血管病変のリスクです。
この提案の中では、心血管病変のリスクを減らすために、「非ステロイド性消炎鎮痛剤やステロイド剤を使う時は、欧州リウマチ協会やASASの推奨に沿って(慎重に・必要最小限の量を)使用すべき」ということが、述べられています。
とくにステロイドは注意が必要です。
ステロイドを使っている患者さんと使っていない患者さんとで、心血管病変の発症を10年にわたって比較した報告があります(BMJ Open 2014;4:e004259)。
この報告をみますと、ステロイドを使っているグループは、使っていないグループより約2倍、心血管病変の発症率が高く、ステロイドを使っていないグループとの発症率の差は、年々拡がっていくということがわかりました。
ここでの平均の1日ステロイド使用量はプレドニゾロンに換算して、2年目で7.2㎎、4年目で6.5㎎、8年目で4.9㎎(通常の1錠が5㎎です)というものでした。
可能であれば、生物学的製剤を使うなどして、ステロイドの使用量を少しでも減らしていきたいものです。
 

「欧州リウマチ協会の提案する、心血管病変のリスクを減らすための対策」

さて、これからは心血管病変のリスクを低減させる対策についてお話ししていきます。
欧州リウマチ協会の提案する対策について、代表的なものをピックアップしてご紹介しましょう。

ステートメント1

「関節に炎症のある病気の患者さんの心血管病変のリスクを減らすためには、関節の炎症を最大限に抑制すべきである」

心血管病変には、いくつかのリスク因子があります。高血圧や高脂血症(高コレステロール血症)などのリスク因子は、みなさんもご存じのことだと思います。
それぞれのリスク因子がどの程度、心血管病変の発病に関わっているのかを、関節リウマチの患者さんでみた報告があります(10.1136/annrheundis-2017-211735)。
それによりますと、もっとも影響するのが「喫煙」でした。やはり、禁煙をしないといけませんね。その次が「高血圧」でした。予想通りですね。その次が、「リウマチの活動性(病気の勢い)」でした。この後に、「コレステロール値高値」が入りますので、関節の炎症をしっかりと抑えることは、高脂血症をコントロールすることと同等の意義があることになります。
逆に言えば、コレステロールの値を適正化しても、関節の炎症を放置していたのでは、心血管病変のリスクが残ってしまうことになります。

実際に、関節の炎症が「高活動性の患者さん」「中等度の患者さん」「低活動性以下の患者さん」の3グループに分けて、心血管病変の発症を25年にわたってみた報告があります(Ann Rheum Dis 2015;74:998)。それをみますと、活動性の低いグループほど、心血管病変の発症が少なく抑えられることがわかります。

ステートメント3

「心血管病変の評価は、その国のガイドラインに従って行う」

国によって、心血管病変の起こり方が変わってきます。たとえば、わが国では欧米と違って、心筋梗塞よりも脳卒中のほうが脅威となります。食事内容も体格も違います。それが、このステートメントに反映されています。

わが国の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年」を見てみましょう。
その入り口にあたるStep1のaが「スクリーニング(基本項目)」です。
スクリーニングとは、病気のリスクのある人を選び分けるということです。ここでの項目に問題がある人が、かかりつけ医や専門医療機関に紹介されることになります。
Step1aの具体的な内容をお示しします。

①問診

年齢・性別、自覚症状、家族歴、合併症・既往歴、服薬歴、生活習慣(喫煙・受動喫煙・アルコール)、運動習慣、睡眠、家庭血圧
②身体所見

身長、体重、BMI、診察室血圧、脈拍/分(整・不整)、胸部聴診
③基本検査(空腹で)

血液検査で、TC・HDL-C・non-HDL-C(TC-HDL-C)、eGFR(血清クレアチニン)、ALT、γ-GTP、HbA1c、血糖、尿一般(定性)、心電図
大体のところは欧州リウマチ協会の情報収集項目と重なっています。

ステートメント7

「健康に良い食事、運動の習慣、禁煙などの生活習慣の改善を、どの患者さんにも強く促す」

欧州からの報告ですので、単純にはわが国の事情にあてはめられませんが、地中海風の食事(魚やオリーブオイルの多い食事)は、心血管病変の予防によいだけでなく、リウマチの関節の炎症も抑制してくれることがわかっています(Ann Rheum Dis 2003;62:208)。食事を変えてから12週間の時点で、そのままの食事を続けたグループに比べて、地中海風の食事に切り替えたグループでは、有意に関節の炎症の程度が低くなっています。

禁煙の重要性については、先ほども述べました。喫煙は、心血管病変だけでなく、関節リウマチの治療薬の効果を減弱させたり、間質性肺炎の増悪要因となったり、手足の末梢の循環障害を悪化させるなど、いいことはありません。コロンブスが新大陸からタバコを欧州に持ち込んだために、欧州では関節リウマチが増えたのではないか?といわれるくらい、タバコと関節リウマチは相性が悪いものです。

ステートメント8

関節に炎症のある病気の患者さんでも、心血管病変リスクの管理をその国のガイドラインに従って行う。一般の患者さんと同じように降圧薬や抗高脂血症薬を使用してよい」

かかりつけ医などで行う心血管病変に対する診療は、一般の患者さんと同じようにしてよいとのことです。特別な専門的配慮は必要ないということです。安心してかかりつけ医の先生の診療を受けてください。  

「心血管病変以外の併発症に関しても、リスクを管理する必要がある」

今回は時間の関係で心血管病変の話だけで終わってしまいましたが、関節リウマチの患者さんでリスクが増加する併発症、反対にリスクが減少する併発症については、以下のものが知られています。

①リスク増加

肺癌、リンパ増殖性疾患(リンパ節などの腫瘍)、動脈硬化性心血管病変、感染症、骨粗しょう症、消化管病変(消化性潰瘍、憩室炎)、抑うつ

②リスク減少

大腸癌、アルツハイマー病

大腸癌やアルツハイマー病のリスクが減少する理由に関しては、関節リウマチの治療で用いられる、非炎症性ステロイド薬(ロキソニン®錠など)の影響が考えられています。
いろいろと苦労することの多い関節リウマチですが、認知症のリスクが少ないというのは心の安らぐ話です。

本日、ご紹介した欧州リウマチ協会の提案で取り上げられているのも、以下の6つの病態になっています。

①心血管病変

②悪性腫瘍

③感染症

④消化器病変

⑤骨粗しょう症

⑥抑うつ


これらについて、試作品の情報シートを用意していますので、ご希望のかたはおっしゃってください。近隣の開業医の先生にもご協力いただけるように、現在、準備しているところです。

まとめ

本日の話のまとめです。

①関節炎の治療の基本は、現在の状態を正確に把握して、適切な治療目標を速やかに達成し、それを維持することにあります。

②治療目標の達成・維持のための主役は、メトトレキサートなどの合成抗リウマチ薬、生物学的製剤、JAK阻害薬です。

③治療目標は達成した後も、それを維持し続けることが大事です。そのためには不用意に治療を中止しないことが必須です。

④生活の質を向上させるためには関節以外の管理も重要です。そのためには、患者さん自身も役割を分担することを、欧州リウマチ協会も提案しています。

⑤本日は心血管病変について取り上げましたが、悪性腫瘍・感染症・消化器病変・骨粗しょう症・抑うつについても管理が必要です。これらについては、次回の市民公開講座でもお話ししていこうと考えています。


本日は、当院の市民公開講座に長時間にわたってお付き合いいただき、本当にありがとうございました。ご質問を受けるコーナーでは、精一杯急いでお答えしましたが、まだまだたくさんのご質問にお答えしきれなかったことをお詫びいたします。
治療を中断したために、それまで安定していたリウマチが悪化してしまったということに関するご質問が多かったことをみますと、本日の私の話は、皆さんのお役に立てたのではないかと思っています。
今後とも、あまり取り上げられることのない話題を提供していきたいと考えています。本日は長時間にわたって、本当にありがとうございました。
 
文責:国立病院機構 宇多野病院 統括診療部長 リウマチ膠原病内科 柳田 英寿