関節リウマチの新しい治療薬-内服のJAK阻害薬であるゼルヤンツ錠5mgについて-このページを印刷する - 関節リウマチの新しい治療薬-内服のJAK阻害薬であるゼルヤンツ錠5mgについて-

はじめに

関節リウマチの領域では治療の進歩が目覚ましく、次々と新しい治療薬が保険承認されていきます。そして、保険承認された治療薬に関しては、いろいろな施設のホームページなどで、詳細にわたる説明がアップされています。
ところが、「ゼルヤンツ」に関しては、発売から3年以上経過しているというのに、あまり紹介がされていないようです。

今回、院外で平成28年12月1日に行われたセミナーで、「ゼルヤンツ」の概観を説明する機会をいただきました。せっかくですので、このページで、その内容をご紹介したいと思います。
当日は医師向けのセミナーでしたので、患者さん向けに内容を改変しました。それでも、かなり読みにくいものになってしまったことを、前もってお詫びしておきます。初めは、第三部、第四部はとばして読んでいただくのがよいかもしれません。

もともとのタイトルは「進化する関節リウマチ治療-トファシチニブ(ゼルヤンツ)のポジショニング-」でした。
当日の雰囲気が伝わりやすくなるように、話し言葉で記載していきます。私の記事ではいつものことですが、著作権の関係のためにスライドそのものを掲載できないことをお許しください。もちろん、内容はスライドなしでも理解可能なものになっています。

第一部:第一選択の薬剤であるMTXが効果不十分な場合の対応-ゼルヤンツという選択肢-

「MTX(商品名リウマトレックスなど)の効果が不十分の場合に使う薬剤として、わが国で保険承認されている薬剤の一つに、内服薬のJAK阻害薬ゼルヤンツがあります」

ただいまご紹介にあずかりました、宇多野病院の柳田です。
関節リウマチ治療が、近年、著しい進化を遂げているのは、皆様ご存じのとおりです。
本日は、その中でも、我々が持っている最新の治療手段である「ゼルヤンツ」について、そのポジショニングということを中心に、お話ししていこうと思います。

関節リウマチの治療は、4層の構造になっています。(1)一番下の基層となるのが炎症を抑えることで、これを抑えることで、(2)その上のレベルである関節破壊の進行を防ぎ、(3)さらに上のレベルの関節機能を維持して、(4)さらに上のレベルである、現在の生活が継続できるようにすること、長期的に生命に影響を及ぼさないようにすることを目指していきます。

基層である炎症をできるだけ早く、必要十分な深さで抑え込むために、数値目標達成に向けて、こまめに治療を調整していくという、T2Tの概念が導入されています。
その数値目標は、基本的には「寛解」のレベルを目指し、リウマチを発症してから長期間経過しているなどの事情のある場合は「低疾患活動性以下」のレベルを目指すのも、皆様ご存じのとおりです。

しかしながら、速やかな治療目標の達成というのは、現実にはなかなか困難なものがあります。これはノルウェーでの結果ですが、生物学的製剤が広く使用されている現在でも、治療目標である「寛解」の状態を達成している患者さんは約3割にとどまっています。関節リウマチの治療が著しい進化を遂げているとはいっても、現状では、さらなる治療の改善が求められているわけです。

ここで、現在の標準的な治療を復習させていただきます。これは日本リウマチ学会の治療ガイドラインですが、禁忌でない限り、MTX(商品名リウマトレックスなど)から治療を開始することになっています。

しかしながら、第一選択薬であるMTXであっても、期待される効果を必ずしも発揮できるとは限りません。これは、我が国で週16mg(8カプセルまたは8錠)までの増量が認められたときに行われた、MTXの適正使用調査の結果です。MTXを始めた時の患者さんの活動性によって、高活動性、中等度活動性、低活動性、寛解の4グループに分けて、MTXの治療効果を追っています。
ごらんのように、MTXを始めた時点で疾患活動性が高活動性であった患者さんのグループでは、1年後の疾患活動性は、平均としては低活動性にも至っていません。
関節リウマチの活動性が高いときは、MTXだけでは、治療目標を平均としては達成できていないわけです。

このようにMTXなどで目標を達成できなかった場合(フェイズII)には、現在のわが国のガイドラインでは、基本的に「生物学的製剤」を導入することになっています。
リウマトイド因子や抗CCP抗体が陰性である患者さんなどでは、関節が壊されていくリスクが少ないといわれていますので、その場合は、従来型抗リウマチ薬を積み重ねていくこともありますが、そのような患者さんは2割程度にしかすぎませんから、大多数は「生物学的製剤」の導入が望ましい、ということになります。

しかし、我が国の保険承認での適応をみてみますと、MTXで効果が不十分だった場合に使える薬剤としては、「生物学的製剤」の他に、標的型合成抗リウマチ薬である「ゼルヤンツ」が存在します。
現在は、保険承認条件とガイドラインの間にかい離があり、「ゼルヤンツ」は、MTXの効果が不十分である場合に相当する、ガイドラインのフェイズIIには記載されていません。生物学的製剤1剤以上を使っても効果が不十分であった場合に相当する、フェイズIIIになって、初めて記載されている状況です。

関節リウマチの患者さんの関節では、さまざまな細胞が必要以上に活性化してしまっています。これらの細胞を活性化するために必要な情報を伝達する(シグナル伝達といいます)経路に、JAK経路というものがあることがわかっています。 「ゼルヤンツ」という薬剤は、このJAK 経路を阻害して、関節リウマチの活動性を抑えていく薬剤です。 本来、JAKが活性化するためには、ATPという分子と結合することが必要です。「ゼルヤンツ」は、ATPと似た構造を持っていますので、ATPの代わりにJAKに結合して、細胞が活性化できないように邪魔をします。細胞が活性化しなくなった結果として、関節リウマチの活動性を抑えるという効果を発揮します。 「ゼルヤンツ」は、JAKという標的が明確な薬剤ですので、「標的型合成抗リウマチ薬」といわれます。 生物学的製剤のような、抗体構造をもった大きな分子ではないので、注射ではなく、内服薬として用いられます。5mg錠を、1回1錠、1日2回で服用します。

「ゼルヤンツ」の効果は素晴らしいものがあります。これは、わが国で行われたMTXの効果が不十分であった患者さんに、「ゼルヤンツ」を追加した試験の臨床効果を示したものです。ACR20を達成した患者さんの割合(治療前に比べて、2割方以上、関節症状が改善した患者さんの割合)ですが、1か月の時点で100%近い達成率という、素晴らしい効果を示しています。

理由は不明ですが、「ゼルヤンツ」は日本人において、海外の人より有効性が高い傾向があるようです。
これは、やはりMTXの効果が不十分であった患者さんに「ゼルヤンツ」を追加した試験の結果です。この、国際協同の試験の臨床効果をみますと、ACR50(治療前に比べて、5割方以上、関節症状が改善した患者さんの割合)でみても、ACR70(治療前に比べて、7割方以上、関節症状が改善した患者さんの割合)でみても、日本人のほうが、数値的に効果が高いようにみえます。

国内での、MTXの効果が不十分であった患者さんに「ゼルヤンツ」を追加した試験にもどります。
現在わが国で承認されている、5mg1日2回の量で服用したグループの成績をみてみます。治療開始後わずか8週という時点で、すでにACR70改善を達成した患者さんの割合が30%以上という、良好な効果が示されています。ACR70改善というのは、イメージとしては、「寛解」から「低活動性」という、治療目標達成レベルに相当します。

同じ試験ですが、「ゼルヤンツ」開始時点での活動性別に2グループにわけて、それぞれのグループでの寛解になった患者さんの割合をお示しします。
これをみますと、DAS28-CRPという比較的甘い寛解基準ではありますが、「ゼルヤンツ」を開始した時点で中等度以下の活動性であった患者さんの場合には、治療後に寛解になった患者さんの割合は約8割という高い確率です。高疾患活動性であった患者さんの場合でも、2割以上の方が寛解になっています。

第二部:「ゼルヤンツ」と「生物学的製剤(TNF阻害薬)」の効果の同等性

「MTXの効果が不十分な場合に、ゼルヤンツを追加することは、TNF阻害薬ヒュミラを追加することと同等の効果があります」

さて、MTXの効果が不十分であった患者さんには、現行のガイドラインで推奨されている「生物学的製剤」と、「ゼルヤンツ」とでは、どちらの有用性が高いのでしょうか。ここに示したのはOral Standard試験の結果です。DAS28-ESRという指標での寛解になった患者さんの割合は、「ゼルヤンツ」とTNF阻害薬「ヒュミラ」とで同等でした。どちらも同等の有用性があるということです。

さらに「ゼルヤンツ」と「ヒュミラ」との効果を比較していきます。
これはSF-36という、患者さん自身への質問票で評価する方法を使って、それぞれの薬剤の効果を評価した結果です。SF-36は、家庭生活から社会生活に至るまでの様々の面で、治療の効果を評価するものです。ごらんのとおり、MTXの効果が不十分であった患者さんにおいて「ゼルヤンツ」と「ヒュミラ」は、ほぼ同一といってもよい効果プロファイルを示しています。

今度は、患者さん自身の治療効果の実感を表す指標の、時間的な変化を比較してみます。ここに示しましたのは、体の使い勝手(HAQ-DI)のスコアと痛みのスコアの推移です。
「ゼルヤンツ」は、効果が実感できる速さという点でみても、「ヒュミラ」に勝るとも劣らぬ効果を示しています。
(私の個人的な印象では、ゼルヤンツが効く患者さんは、1~2週間以内に何らかの自覚的な変化があるように思います)

ここで、MTXの効果が不十分であった患者さんという観点からは外れますが、「ゼルヤンツ」と「ヒュミラ以外も含めた生物学的製剤」との効果を比較するのに参考となるデータをご紹介いたします。
これは、各種条件下での、生物学的製剤の臨床試験のACR70改善率をならべてみたものです。このなかで、TNF阻害薬が効果不十分だった患者さんで、それぞれの製剤に切り替えた場合の有効率に着目してみたいと思います。
背景が異なる試験を無理にまとめているので、比較をすることは大いに問題がありますが、オレンシア、シンポニー、アクテムラ、リツキサン(わが国では関節リウマチには未承認)では、ACR70改善を達成した患者さんの割合は10.2~12.4%で、いずれも同様の達成率になっています。

これに対して、TNF阻害薬が効果不十分だった場合に、「ゼルヤンツ」に切り替えてACR70改善を達成した患者さんの割合は、3か月で13.6%、6か月で15.9%となっています。単純に比較をしてはいけませんが、各種生物学的製剤と劣らない効果を、早い時期から示していると思われます。

第三部:「ゼルヤンツ」と「TNF阻害薬以外の生物学的製剤」との類似点

(ここのパートは、改変の努力はしてみたものの基礎医学的な内容が多くて、読みやすくはできませんでした。飛ばして第四部もしくは第五部に移っていただくことをお薦めします。第三部と第四部は、最後まで本稿に目を通されて、余力がある場合で結構です)
「JAK阻害薬ゼルヤンツの作用は、TNF阻害薬以外の生物学的製剤の作用と重なる点があります」

このように有用性の高いJAK阻害薬、「ゼルヤンツ」の作用を、もう少し掘り下げてみたいと思います。この図は関節リウマチの病態に関わる様々な因子を、JAKファミリーとの関係という観点から、色別に示したものです。
赤色がJAKファミリー関連、灰色がそれ以外ですが、関節リウマチの病態形成において、広汎に赤色のJAKファミリーが関与していることが見てとれます。

JAKファミリーは、JAK1、JAK2、JAK3、TYK2の4者からなります。これら4者のうちの2つか3つが組み合わさって、関節リウマチに関係する細胞を活性化させる、サイトカインなどの物質からの情報を、細胞の中に伝達しています。「ゼルヤンツ」は、このうちのJAK1とJAK3を阻害(邪魔)して、その効果を発揮します。

これは人間の血液中の細胞を使った実験の結果から、「ゼルヤンツ」がJAK経路を抑えていると考えられる時間を算出したものです。
IC50(JAK経路を50%抑制するために必要なゼルヤンツの濃度)をもとにすると、承認量の5mg錠では、JAK1とJAK3を12時間中7.8時間(1日2回の服用ですので単純に言うと24時間では15.6時間になります)、つまり65%の時間帯で一定の程度、阻害できそうです。これに対して、JAK2を阻害する作用は認められていません。

JAKファミリーの中での「ゼルヤンツ」の位置を図示しますと、このようになります。特に阻害するのはJAK1とJAK3の共通部分、サイトカインで言えばこの太い線で囲ったもの、広くは、JAK1とJAK3の全体、細い線で囲ったサイトカインの作用を阻害することになります。

ここで、阻害されるサイトカインの種類から、現在の関節リウマチ治療で重視されているサイトカイン阻害という観点でみた、「ゼルヤンツ」のポジションをお示しします。
「ゼルヤンツ」は、TNF阻害薬(「レミケード」「エンブレル」「ヒュミラ」「シンポニー」「シムジア」)とは別の系統で、IL-6阻害薬「アクテムラ」と作用が重なる、ということになります。

作用が重なる「アクテムラ」との比較イメージとしては、この図のようになります。
「ゼルヤンツ」は、(1)共通γ鎖シグナル、(2)GP130シグナル、(3)INF-αとγシグナルを阻害するのに対して、「アクテムラ」は(2)GP130シグナルのみを阻害することになります。
「ゼルヤンツ」は、広汎に免疫系を抑制し、「アクテムラ」はより選択性高く抑制することになります。

IL-6シグナルを、「ゼルヤンツ」がどの程度抑制できるかをみた研究をご紹介します。
「アクテムラ」が抑制するGP130シグナルは、JAKを介し、STATという物質をリン酸化して伝達されます。そのSTATのリン酸化を50%抑制して、情報が伝達されにくくするために必要な「ゼルヤンツ」の濃度が、IC50で示されています。
これをみますと、「ゼルヤンツ」は、IL-6シグナルを阻害することは可能ですが、抑制の程度は「アクテムラ」より弱いかもしれません。
このことが、治療の効果と安全性の点でどのような意味があるかは、今後の課題です。

「アクテムラ」には、他の生物学的製剤と比べて、臨床上ユニークな特徴があります。
それは、「アクテムラ」は、単独の治療においても、MTX単独の治療に比べて、臨床効果が有意に優れているということです。他の生物学的製剤は、単独で使った場合には、関節破壊抑制効果こそMTXより優れていますが、痛みや腫れの改善といった点では、あまり差はないのが実際のところです。そのため、MTXと併用することが推奨されています。

単独での治療において、臨床効果がMTXより有意に優れる点では、「ゼルヤンツ」も同様です。
ここではACR70改善を達成した患者さんの割合でお示しします。「ゼルヤンツ」5mg錠1日2回を服用してACR70を達成した患者さんの割合は、MTXを服用している患者さんよりも、統計学的に有意に高い割合になっています。
「ゼルヤンツ」は、関節リウマチ治療において、IL-6阻害薬「アクテムラ」と類似の意義を持っていそうです。
実際に、ヨーロッパリウマチ協会の治療推奨2016ドラフト版のフェイズII(MTXなどで効果が不十分の場合)では、MTXが使用できない場合の治療選択肢として、「ゼルヤンツ」と「アクテムラ」が並行して推奨されています。

「ゼルヤンツ」の作用は、IL-6の阻害にとどまるものではありません。
この図に示しましたように、様々な細胞に作用を及ぼすことがわかっています。
その中でもT細胞(Tリンパ球)抑制薬としての作用に注目してみたいと思います。

「ゼルヤンツ」のT細胞に対する抑制作用はどのようなものでしょうか。
左の図のように、「ゼルヤンツ」は、関節リウマチの患者さんのT細胞が増えるのを抑制していることがわかります。
右の図は、患者さんのT細胞がサイトカインを放出する能力への影響をみたものですが、「ゼルヤンツ」は、T細胞からのIL-17やIFN-γというサイトカインの放出を抑制しています。

「ゼルヤンツ」のT細胞抑制作用は、実際の関節リウマチ治療においては、どのような意義をもっているのでしょうか。
この表は、「ゼルヤンツ」で治療している患者さんで、12か月間の活動性(SDAI)改善度と、各種指標との相関をみたものです。オレンジでチェックしている指標が、活動性(SDAI)改善度と関連性があった指標です。この中で、活動性の変化と最も関連性が高かったのが、どのくらいCD4陽性T細胞が増えるのを抑制したかという度合いでした。
「ゼルヤンツ」がT細胞を抑制する作用が、実際の患者さんでの治療効果と関係していることを示唆する、一つのデータだと思われます。

さて、T細胞の活性化を抑制するというと、「オレンシア:CTLA-4 アナログ(類似の構造を持つ物質)」のことが連想されると思われます。
T細胞共刺激阻害薬と呼ばれる「オレンシア」は、B細胞(Bリンパ球)、マクロファージ、樹状細胞といった抗原提示細胞の表面にあるCD80/86という分子に結合し、CD28陽性T細胞の活性化を抑制(邪魔)して、関節リウマチの活動性を抑制すると考えられています。

「オレンシア」と類似の構造をもつCTLA-4が、抗原提示細胞に結合することの意義は、抗原提示細胞のCD80/86分子の作用が阻害されるということだけではありません。
CTLA-4が結合することによって、CD80/86分子が表面から消えていくことが知られています。ここに示したように、CTLA-4で処理すると、細胞表面のCD86分子の数が少なくなります。CD80/86分子の数が少なくなることにより、さらに刺激が入らなくなり、T細胞の活性化が抑制されるわけです。

「ゼルヤンツ」にも、抗原提示細胞の表面のCD80/86分子の数を減らす作用があることが知られています。
上の図のように、抗原提示細胞である樹状細胞に「ゼルヤンツ」を添加しますと、CD80/86分子の数が減ります。また、下の図では、樹状細胞とT細胞とを一緒に培養した実験で、「ゼルヤンツ」添加によって、樹状細胞によるT細胞の活性化が抑制されることが示されています。
「ゼルヤンツ」には、T細胞共刺激阻害薬と似た作用もあるようです。

ちなみに、このCD80/86分子の数を減らす作用は、JAK2 阻害薬(近い将来に、関節リウマチの治療薬として承認されるでしょう)では認められていません。
この違いが、治療効果の点でどのような意義を持つのか、興味が持たれます。

第四部:「ゼルヤンツ」の関節破壊抑制効果

「ゼルヤンツは、サイトカインが作られるのを抑え込むことや、RANKL(破骨細胞の活性化因子)が作られることを抑え込むことによって、骨を壊す破骨細胞の働きを抑え、関節破壊を抑制します。その効果は臨床試験でも確かめられています」

第三部で説明しましたように、多種類の作用を持つ、いってみればマルチ・ターゲットの製剤としての特徴をもつ、「ゼルヤンツ」が関節破壊を抑制する作用の仕組みは、どのようなものでしょうか。
「ゼルヤンツ」は、関節の滑膜に存在するT細胞・線維芽細胞からサイトカインが作られるのを抑えます。また、RANKLという、破骨細胞を活性化させる物質が作られることを抑えます。
これによって、患者さんの関節で骨を壊している破骨細胞が活発に活動するのを抑え込んで、関節を守っていきます。

「ゼルヤンツ」の関節破壊抑制効果について、ネズミでの実験結果をご紹介します。
ここに示したように、「ゼルヤンツ」は、ネズミの関節でRANKLが作られていくのを抑えていきます。下の図では、「ゼルヤンツ」を添加した後では、RANKLを作っている細胞の数と破骨細胞の数が減っているのがわかります。

さて、実際に、MTX効果が不十分であった患者さんに、「ゼルヤンツ」を追加しますと、関節破壊の抑制に、どのくらいの効果を示すのでしょうか。
これは、MTXをそのまま継続したグループと、「ゼルヤンツ」を追加したグループとで、関節破壊の抑制効果を比べたものです。
灰色で示された「ゼルヤンツ」5mg錠1日2回服用グループが、MTXをそのまま継続したグループより、治療開始後6ヶ月の時点から、関節破壊の抑制効果が勝っているように見えます。しかし、予想に反して、有意な差は認められませんでした。これだけ差があるように見えても、統計学的には差がないということだったのです。
これは、この試験に参加した患者さんの多くが、関節の壊れるリスクの少ない人であったことが原因として考えられています。大学生の能力の差をみる目的で小学生向けの試験を受けさせても成績に差は出ない、といったところでしょうか。

この試験の中で、関節が壊れていってしまうリスクの高い集団に限って、「ゼルヤンツ」の関節破壊の抑制効果を見てみます。
ここでは、「リウマトイド因子もしくは抗CCP抗体陽性、かつ骨びらんスコアが3以上」のグループを「関節が壊れていってしまうリスクの高い群」として定義しています。
このグループでは、「ゼルヤンツ」で治療した患者さんは、MTXで治療した患者さんよりも、統計学的に有意に、より良好に関節破壊を抑制していました。
「ゼルヤンツ」の関節を守る効果が証明されたわけです。

これでも、「ゼルヤンツ」の関節破壊抑制効果は不十分だと思われるのでしたら、MTXをまだ使ったことのない患者さんで、「ゼルヤンツ」の効果をMTXと直接に比較した、Oral solo試験の関節破壊抑制効果のデータがあります。
ここに示しましたように、「ゼルヤンツ」5mg錠を1日2回服用したグループは、6か月時点ですでに、MTXで治療したグループに比べて、統計学的に有意に、関節破壊を抑制する効果が高かったことが示されています。

これまでの話で、MTXで効果が不十分であった患者さんにおいて、「ゼルヤンツ」が、「生物学的製剤」に勝るとも劣らぬ効果を持っていることがおわかりいただけたかと思います。
実際に、ヨーロッパリウマチ協会の治療推奨2016のドラフト版では、「ゼルヤンツ」は、フェイズII、すなわちMTX効果が不十分であった患者さんに対して、「生物学的製剤」と同じポジションに位置付けられています。

このことからしますと、今後はわが国でも、保険承認上の本来のポジションである、MTX効果不十分の場合に、「ゼルヤンツ」が使用されることが増えていくと思われます。

第五部:「ゼルヤンツ」の有用性-免疫原性(薬剤に対する抗体ができるリスク)の少なさ-

「低分子化合物であるゼルヤンツは、生物学的製剤に比べて、免疫原性(薬剤に対する抗体ができてしまうリスク)の点で有利であり、治療効果が長期にわたって維持されやすい可能性があります」

さて、MTX効果が不十分である患者さんにおいて、「ゼルヤンツ」と同等の位置づけといえる「生物学的製剤」は、高分子化合物です。
「ゼルヤンツ」のように小さな物質のことを低分子化合物といい、「生物学的製剤」のように構造も複雑で大きな物質のことを高分子化合物といいます。
生物学的製剤には、高分子化合物であるがゆえの特有の欠点があります。
それは、免疫原性です。免疫原性とは、その物質に対して免疫反応が起こって、その物質に対する抗体ができてしまうことです。
生物学的製剤に対して抗製剤抗体ができますと、せっかく投与された生物学的製剤が中和されてしまったり、あるいは除去されるスピードが速まって、治療効果が弱くなってしまう可能性が高まります。

また、一つの生物学的製剤で抗製剤抗体ができる患者は、残念なことに他の生物学的製剤でも抗製剤抗体ができやすいことがわかっています。
これは「レミケード」に対する抗体ができてしまった患者さんのグループと、できなかった患者さんのグループとで、「ヒュミラ」に対する抗体の陽性率を比較したものです。抗レミケード抗体ができてしまったグループで、抗ヒュミラ抗体の陽性率が高いことがわかります。
抗製剤抗体を誘導しやすい患者さんのグループが存在することを、この報告は示しています。

抗製剤抗体ができてしまうと、さきほど申し上げたように、治療効果に悪い影響がでてきてしまいます。
これは「ヒュミラ」で治療している患者さんで、抗ヒュミラ抗体ができたか、できなかったかによって、「エンブレル」との臨床効果を比較したものです。
抗ヒュミラ抗体がない場合には、「ヒュミラ」は「エンブレル」よりも、効果があった患者さんの割合で上回っています。しかし、抗ヒュミラ抗体ができてしまった場合には、「エンブレル」よりも、効果があった患者さんの割合は少なくなっています。
初めは効果があっても、途中で抗製剤抗体ができるなどの理由によって、効果が弱くなってしまうことを、「二次無効」といいます。

高分子化合物の「生物学的製剤」に対して、「ゼルヤンツ」は大きさの小さな低分子化合物の内服薬ですので、免疫原性の点では有利であり、抗体が誘導されることは少ないと考えられます。

実際に、免疫原性が臨床効果に影響しているのではないかと考えられる患者さんの例をご紹介したいと思います。
この患者さんは、2007年に最初の生物学的製剤「レミケード」を導入しています。
しかし、導入後、いったんはリウマチの活動性が低下するのですが、次第に効果が弱まって、いわゆる「二次無効」になってしまうというパターンを、多数の生物学的製剤で繰り返しています。

直近の3年間の経過を図に示します。「オレンシア」の点滴、そして皮下注、さらには「シムジア」に対しても短期間のうちに二次無効になってしまっています。ここで「ゼルヤンツ」を導入していますが、疾患活動性は速やかに改善し、2か月で寛解に至っています。寛解になってから、さらに1年2ヶ月が経過していますが、現在もなお、寛解の状態を維持できています。

このように、治療効果が弱くならずにそのままの治療を継続できるか、という点で、「ゼルヤンツ」と「生物学的製剤」をみてみようと思います。
生物学的製剤の代表として、「エンブレル」を取り上げます。これは、「エンブレル」を単独で使用した場合の長期継続試験での、5年間の継続率をみたものです。
「エンブレル」は、一般的に継続率の良好な生物学的製剤とされています。この試験での5年間での継続率は56%でした。
中止の理由としては、効果不十分が12%、有害事象(いわゆる副作用と同じようなものと考えてください)が19%でした。長期継続試験ですので、この試験に参加されている患者さんは、ある程度の期間、「エンブレル」で治療してそれなりに有効だった患者さんに限定されています。そのため、効果不十分12%というのは、最初は効果があったけれど途中から効かなくなってきた、いわゆる「二次無効」を表していると考えられます。この12%という数字を記憶していただきたいと思います。

これに対して、「ゼルヤンツ」の長期継続試験では、背景が異なるので単純に比較はできませんが、5年間の継続率が52%と、先ほどのエンブレルの56%と同等の継続率でした。

興味を惹かれるのは、中止理由の内わけです。

「ゼルヤンツ」の場合は、効果不十分による中止が3.2%と、「エンブレル」の効果不十分による中止の場合の12%に比べて、単純な比較はできませんが、明らかに低い割合になっています。
この、「ゼルヤンツ」で、二次無効による中止が少ないようにみえることが、免疫原性とどの程度関連しているのかは、今後の検討課題です。しかし、二次無効による中止が少なそうだということは、低分子化合物である「ゼルヤンツ」に特有の有用性を示唆するものと思われます。

一方で、有害事象による中止は、「エンブレル」の19%とくらべて、23%と大差のないものになっています。
この有害事象による中止は、我々(医療関係者だけでなく、患者さんやご家族の協力も必要です)が「ゼルヤンツ」の特徴をより深く理解していけば、さらに減少させていける可能性があります。

第六部:「ゼルヤンツ」の安全性(感染症のリスク)

「ゼルヤンツを使っているときは、帯状疱疹(ヘルペス)などの感染症のリスクを減らすために、リンパ球数をチェックしていくことが必要です」

「生物学的製剤」の最大の治療リスクは感染症です。このことは、リウマチ診療に関わるかたであれば、どなたにも同意いただけるものと思われます。
この図は、「ゼルヤンツ」と各種「生物学的製剤」の重篤な感染症のリスクを、さまざまな試験の結果から、メタアナリシスという手法で総合的に比較したものです。
このメタアナリシスの結果からは、「ゼルヤンツ」の重篤な感染症のリスクは、いずれの「生物学的製剤」と比べても、同じレベルであり、「生物学的製剤」と同じように「ゼルヤンツ」を使えることがわかります。

このように、感染症全体としては、「ゼルヤンツ」の安全性は「生物学的製剤」と比べて同じであるわけですが、皆様もご存じかもしれませんが、帯状疱疹(ヘルペス)に関しては、「ゼルヤンツ」のリスクはより高いものとなっています(インタビューフォームでは3.5%の発症率となっています)。このために、メーカーから、帯状疱疹(ヘルペス)について注意を喚起するリーフレットが用意されています。

この、感染症のリスクに関して、前もって注意する方法はないのでしょうか。
感染症が起こりやすくなる因子としては、「高齢であること」、「ステロイドを併用していること」などがあげられていますが、現時点でわかっているものの一つが「リンパ球の数」です。
「ゼルヤンツ」による治療中に、リンパ球の数が最低値として500を下回った患者さんでは、500以上をキープできた患者さんに比べて、「治療を要した感染症」、「重篤な感染症」、「帯状疱疹(ヘルペス)」の発症率のパーセンテージが高いように見うけられます。
リンパ球数が500を下回らないように、定期的に血液検査でチェックすることは重要と思われます。

「ゼルヤンツ」で治療を開始しますと、全体としては、リンパ球数は、3ヶ月くらいは一過性に増えたあと、ごく緩やかに減っていき、4年くらいで定常状態になります。このために、「ゼルヤンツ」導入時のリンパ球数は、最低でも500以上、できれば1000以上が望ましいとされています。

「ゼルヤンツ」で治療するとリンパ球数が減る、といいますと、何か「ゼルヤンツ」が非常に危険な薬のように思われますが、関節リウマチの治療で使われる薬剤で、リンパ球数が減るのは、「ゼルヤンツ」だけではありません。
我々が使い慣れているMTXでも、リンパ球数は減っていきます。これは、ORAL Start試験での、「ゼルヤンツ」治療グループと、MTX治療グループのリンパ球数の推移をみたものです。ごらんのように、MTX治療グループにおいても、リンパ球数は減っていきます。
ですから、MTXの効果が不十分であったために「ゼルヤンツ」を追加して使用している場合には、リンパ球の数が減ってきたら、効果の不十分なMTXの方を減量するという対応も考えられます。

それでは、一般的に、「ゼルヤンツ」使用中にリンパ球数が減ってしまった場合、とくに、500を下回ってしまった場合は、どのように対処すればよいのでしょうか。
リンパ球数が減ってしまった場合には、「ゼルヤンツ」を中止すれば、リンパ球の数は速やかに回復していきます。
これは、リンパ球数が500未満となった患者さんで、「ゼルヤンツ」を中止した後の回復状況をみた報告です。この報告では、74.6%で500以上に回復しています。未回復の患者さんが気になりますが、これらの患者さんに関しては、「ゼルヤンツ」を中止してからの期間が中央値2週間と短く、この後に回復していくものと考えられます。

第七部:「ゼルヤンツ」の安全性-癌(悪性腫瘍)-

「悪性腫瘍(がん)出現のリスクに関しては、現時点の報告では、ゼルヤンツが生物学的製剤よりも高リスクであるということはありません」

最後に、「ゼルヤンツ」と発がんのリスクについて、お話ししようと思います。
この図は、わが国で「ゼルヤンツ」を治療している患者さんでの、悪性腫瘍の出現状況を、「ゼルヤンツ」の投与期間で6か月ごとに区切って示したものです。
もしも、「ゼルヤンツ」が悪性腫瘍のリスクを高めるとしたら、時間が経過するにしたがって、悪性腫瘍は増えていくはずですが、そのような傾向は認められません。
「ゼルヤンツ」が悪性腫瘍を起こりやすくさせるということはなさそうです。

そもそも、「ゼルヤンツ」に関して、悪性腫瘍のリスクが注目されるのは、「ゼルヤンツ」がIL-15というサイトカインを阻害する作用を持つためです。
IL-15は、腫瘍免疫(がん免疫)において重要な役割を果たす、NK細胞の増殖を促すサイトカインです。ですから、「ゼルヤンツ」を長期にわたって使用することで、IL-15を阻害するために、NK細胞の数が減ってしまい、悪性腫瘍が増えていくのではないかと懸念されたわけなのです。
この図は、「ゼルヤンツ」による治療中の患者さんから一部のかたを選んで、NK細胞の数がどのように推移していくのかを調べたものです。長期的にみて、NK細胞の数は減っていません。ただし、NK細胞数が減らない患者さんで継続率がよいという可能性もありますので、さらなる調査が必要です。

NK細胞の数は、「ゼルヤンツ」を投与している患者さんで、どのような意義を持つのでしょうか。NK細胞の数が少ないと、副作用が多くなるのでしょうか。
これは、「治療を要した感染症」、「重篤な感染症」、「帯状疱疹」、そして「悪性腫瘍」に関して、縦軸はその発生率、横軸はNK細胞の数を表したものです。左はNK細胞の数を治療開始時の値で評価したもの、右は治療期間の中の最低値で評価したものです。
NK細胞の数が少ないことが、悪性腫瘍などのリスクを高めるとしたら、グラフは右肩下がりのラインを描くことになりますが、そのような傾向はいずれの図でも認められていません。
「ゼルヤンツ」のIL-15阻害作用は、悪性腫瘍や感染症などの治療上のリスクと、直接的に結びつくものではなさそうです。

最後に、国内外の治験のデータをまとめたもので、悪性腫瘍のリスクをTNF阻害薬「ヒュミラ」と比較した報告がありますので、ご紹介したいと思います。
「ヒュミラ」は効果の比較のためのグループとして使用されていますので、その使用期間は12か月という短期間に限定されます。そのために限定的な比較であることをご理解ください。
この報告では、「ゼルヤンツ」は、皮膚癌(欧米人に多い)を除いた悪性腫瘍のリスクに関して、「ヒュミラ」と統計学的に有意な差はないことが示されています。

悪性腫瘍の中でも、関節リウマチの患者さんで最もリスクが懸念されるのは、悪性リンパ腫です。その悪性リンパ腫に注目して評価したのが、この図です。
悪性リンパ腫の発症率も、「ヒュミラ」と統計学的に有意な差はないことが示されています。
結論を出すには少し早いかもしれませんが、既存の生物学的製剤にくらべて、「ゼルヤンツ」が悪性腫瘍を発症するリスクが高いということはなさそうです。
「ゼルヤンツ」治療中は、「生物学的製剤」やその他の薬剤で治療しているときと同じように、普通にがん検診などを定期的に受けていただければよいと考えられます。

まとめ

本日の話のまとめです。
「MTX(商品名リウマトレックスなど)の効果が不十分の場合に使う薬剤として、わが国で保険承認されている薬剤の一つに、内服薬のJAK阻害薬ゼルヤンツがあります
「MTXの効果が不十分な場合に、ゼルヤンツを追加することは、TNF阻害薬ヒュミラを追加することと同等の効果があります」
「JAK阻害薬ゼルヤンツの作用は、TNF阻害薬以外の生物学的製剤の作用と重なる点があります」
「ゼルヤンツは、サイトカインが作られるのを抑え込むことや、RANKL(破骨細胞の活性化因子)が作られることを抑え込むことによって、骨を壊す破骨細胞の働きを抑え、関節破壊を抑制します。その効果は臨床試験でも確かめられています」
「低分子化合物であるゼルヤンツは、生物学的製剤に比べて、免疫原性(薬剤に対する抗体ができてしまうリスク)の点で有利であり、治療効果が長期にわたって維持されやすい可能性があります」
「ゼルヤンツを使っているときは、帯状疱疹(ヘルペス)などの感染症のリスクを減らすために、リンパ球数をチェックしていくことが必要です」
「悪性腫瘍(がん)出現のリスクに関しては、現時点の報告では、ゼルヤンツが生物学的製剤よりも高リスクであるということはありません」

最後に、一番大事といってもいいかもしれない、治療コストのことを追加しておきます。

「ゼルヤンツ」の1ヶ月の薬剤費負担は、3割負担の方で、47,700円です。

お疲れ様でした。「ゼルヤンツ」のイメージが少しはおわかりになったでしょうか。本稿が、治療に悩んでいる患者さんやご家族に少しでもお役にたてるものであったとしたら、これほど嬉しいことはありません。