エンブレル皮下注用25mg
はじめに
現在、関節リウマチの治療は大きな変革期にあります。より効果の高い「生物学的製剤」の出現により、痛みの抑制だけでなく、関節破壊の防止が期待できる状況となってきています。
関節リウマチ患者さんの関節の中では、さまざまの細胞が活性化しています。この、活性化によって、関節が破壊されていきます。従来から、これらの細胞の活性化を抑える療法が検討されてきました。その代表的なものが、ステロイド・抗リウマチ薬・免疫抑制剤です。しかし、これらの薬剤では十分に効果の得られない患者さんも多く、治療法の進歩が期待されてきました。
そこに登場してきたのが「生物学的製剤」といわれる薬剤です。わが国で最初に市販された「生物学的製剤」はインフリキシマブ(商品名:レミケード)でしたが、これに続き、2005年3月にエタネルセプト(商品名:エンブレル)が利用できることとなりました。
エンブレルは、TNFαという物質を阻害することで、従来より、格段に優れて細胞の活性化を抑える薬剤です。エンブレルは、1998年に米国、2000年に欧州で承認され、すでに世界60ヶ国以上で幅広く使われ、高い有効性が確認されています。基本的には安全な薬剤ですが、場合によっては、重症の副作用をおこす場合があります。
エンブレルとレミケードは、TNFαという物質を阻害することにより治療効果を発揮する点で共通であり、使用上の注意も似た点があります。しかし、当然のことながら、異なる点もあります。
本稿では、エンブレルを安全に使用していくために注意すべき点についてご説明していきます。
効能・効果
関節リウマチの患者さんで、従来の治療で効果が不十分な場合に限られます。
日本での治験の結果
従来の抗リウマチ薬を使っても効果が不十分な患者さんで、エンブレル(25mg)を単独で使用したところ、12週間後にリウマチが軽くなった(症状・検査値の20%以上の改善)人の割合は、65.3%にも上りました。
海外では、比較的早期の患者さんに使用した場合に、メトトレキサート(商品名:リウマトレックス、メソトレキセート)を併用したところ、破壊された骨の一部が再生されたことが報告されています。
メトトレキサートのみで治療したグループ | 平均2.8の悪化 |
エンブレルのみで治療したグループ | 平均0.52の悪化 |
エンブレルとメトトレキサート併用で治療したグループ | 平均0.54の改善 |
もちろん、いろいろな条件があり、常に改善が期待できるわけではありませんが、メトトレキサートとエンブレルの併用の有効性は明らかです。
【注意】
この薬剤は、原則としては、すでに破壊されてしまった関節組織(軟骨・骨など)を再生するものではありません。
また、あくまで進行を遅らせるための薬剤であって、完治させるものではありません。
用法・用量
1週間に2回、皮下注射で使用します(例:月曜日と木曜日、火曜日と金曜日など)。
1回につき、25mgを皮下注射します。
注射する量は、身長や体重の違いにかかわらず、25mgです。
(10mgで使用する場合もありますが、25mgが一般的です)
自己注射について
エンブレルは以下の条件を満たす場合には、そのつど医療機関を受診せずとも、患者さんご本人(あるいは身の回りの方の支援を受けて)が注射を行なうことができます。
(ただし、自己注射をしている方でも、2週間に1回は医師の診察を受けていただきます)
- 最低1ヶ月は通院による治療を受けていること
- 1回の使用量が25mgであること
- 一定の効果が確認されていること
- 無視できないような副作用がないこと
- 患者さんご本人が、前もって説明を受けたうえで、自己注射を希望していること
- 患者さんご本人もしくは身の回りの方が、注射のやり方を正確に修得していること
- 病状の経過を確実に記録できる(エンブレル患者手帳という冊子をお渡しします)こと
このなかの(3)については、DAS28という関節リウマチの活動性を評価するシステムで中等度以上の改善ということが条件になります。
DAS28についての詳細な説明は、ここでは控えますが、中等度以上の改善の目安を示しますと、「関節の痛み(押さえたときの痛み)と腫れが2ヶ所以上で消失する」くらいのものだと考えていただいたら結構です。
また、(5)については、感染症などの副作用を起こしているのに気づかないで、エンブレルを注射してしまい、副作用を悪化させてしまう可能性があるからです。
特に、本稿の末尾に述べます「使用中の注意」の症状に当てはまる場合は、エンブレルを射つ前に速やかに主治医に連絡を取るようにしてください。
注射をした所の皮膚の変化
国内の臨床試験で、約半数の方に、注射をした所が赤くなったり、痒くなったりする反応がみられています。
これらの反応は原則として一時的なものですので、あまり心配されなくても結構です。
- エンブレルの開始から1ヶ月以内に多く、その後の発生率は減少します。
- エンブレルの注射後、1~2日で出現し3~5日程度で消失します。
- 出血などをおこすほどひどい場合には、薬で処置したり、エンブレルを中止することがあります。
皮膚を守るために、前回注射をしたところから最低でも3cm以上離れた場所に、注射をするようにします。
エンブレルは、レミケードの場合と異なり、リウマトレックスまたはメソトレキセートを服用していなくても、使用できます。
レミケードの場合と異なり、エンブレルでは「抗体」ができにくいので、免疫抑制剤としてのリウマトレックスまたはメソトレキセートの併用は義務づけられていません。
【注意】
関節破壊抑制効果の面からしますと、エンブレルを単独で使用するよりも、これらの薬剤と併用して使用したほうが、効果が高いことが示されています。
副作用などの問題がなければ、併用することをお勧めします。
原則としては、現在服用している薬を継続したまま、エンブレルを使用していきますが、以下の場合には注意が必要です。
- 免疫抑制剤を服用している場合には、減量・中止をする場合があります。
これは、感染症のリスクを軽減するためです。 - サラゾスルファピリジン(商品名:アザルフィジンEN)を服用している患者さんでエンブレルを使用しますと、白血球の数が減ることがあると報告があります。
一般的には、重篤なものではないので、当院では最初から中止することはしないで、血液検査で白血球の数を追いながら、減少するようであれば、その時点で中止することとさせていただきます。
もちろん、ご本人のご希望があれば、最初から中止とします。
レミケードからの切り替えについて
レミケードはエンブレルと同じく優れた生物学的製剤ですが、やはり30%くらいの方には十分な効果が得られないことがあります。
この場合、レミケードからエンブレルに切り替えることで、良好な治療効果が得られることがあります。
この逆に、エンブレルで効果が得られなくても、レミケードなら有効という場合もあります。
【注意】
レミケードは、休止期間をおいて再使用する場合に、強いアレルギー反応(アナフィラキシー)をおこす率が通常よりも高くなります。
切り替えた後の、再切り替えにはリスクが伴うことをご理解ください。
自己負担額
3割負担の方で、注射1回あたり約4500円となります。単純に計算すると1年間で約48万円となります。ちなみにレミケードは、1年目は約54万円、2年目以降は約40万円となりますので、ほぼ同等といえるでしょう。
(レミケードは高額医療負担が適用され、これよりも自己負担が軽減することがあります)
禁忌
次の条件にあてはまる方には、エンブレルは使用できません。
- 重症の感染症にかかっている方(病状が悪化します)
- 結核に現在かかっている方(昔かかったことのある人については、個々に判断します)
- 多発性硬化症の方
- うっ血性心不全の方(病状が悪化します)
- 全身性エリテマトーデスを合併している方(当院での方針です)
- 授乳中の方(乳児に対する安全性は不明)
(妊娠中の方は、使用できないわけではありませんが、使用経験が少なく、安全性が確立していません) - 以前にエンブレルを使用したときに、強いアレルギー反応を起こしたことのある方
使用にあたっての注意
- エンブレルを使用すると、結核、敗血症を含めた重症の感染症が起きることがあります
- 多発性硬化症が発症してくることがあります
- 全身性エリテマトーデスと類似した症状がでることがあります
- 癌の発生率については、まだ使用年数が少なく影響については不明です
(現在のところ、因果関係は指摘されていません) - 関節リウマチを完治させる薬剤ではありません
- エンブレルの使用中は生ワクチンの接種はおこなわないのが原則です
- 高齢の人では、特に感染症に対する注意が必要です
そのほかに、現実的には可能性がないといってもよいのですが、製品情報に記載されている項目として、TSE(いわゆる狂牛病)の危険性の問題があります。
エンブレルを、培養細胞に作らせるときに、培養液中に米国産の子牛の血液成分を少量入れるために、理論上の危険性が生じます。
しかし、以下の理由で危険性はほとんど無視できるものと考えられます。
- 子牛の血液成分であって、神経や脳の成分ではない
- 子牛は、TSE回避のためのEU基準をみたすものを利用している
- 培養液から引き上げられた細胞からエンブレルを抽出する際の精製工程を経て、TSEの原因となるプリオンが残存する可能性は、理論上否定できないものの、常識的には考えにくい
使用前の診察
結核のチェック
問診
療養所に長期間入院し、化学療法を受けたことはありませんか?
家族に結核を患った人はいらっしゃいませんか?
以前におこなったツベルクリン検査の結果はいかがでしたか?
BCGを接種したことはありますか?
10~20歳で肺炎が長引いた、もしくは咳・痰が治らなかった経験はありませんか?
過去に熱が出たことがあり、薬ですぐに治らなかったことはありませんか?
肺浸潤と診断されたことはありませんか?
画像検査とその他
胸部レントゲン検査
ツベルクリン反応
胸部CT検査
結核に関する当院での方針
- 年齢に関わらず、現在活動性の結核感染を示唆する所見のある場合
エンブレルは使用しません - 年齢に関わらず、過去の結核感染を示唆するレントゲン・CT所見のある場合
エンブレルを使用しないこともあります。
ご本人の希望と全身状態を勘案して、場合によっては抗結核剤の予防投与(イソニアジドをKg体重あたり5mg、1日最大300mg、9~12ヶ月)をしながら、エンブレルを使用します。 - 60歳以下、ツベルクリン反応陰性
開始前に胸部レントゲンのみをおこないます。問題なければエンブレルを使用します。 - 60歳以下、ツベルクリン反応陽性
開始前に胸部CT検査をおこないます。
開始前のCT検査で問題がなくても、3ヵ月後に再びCT検査をおこないます。
結核発症のリスクがあることを十分に考えていただいた上で、エンブレルを使用します。
抗結核剤の予防投与をおこなうことがあります。 - 60歳以上、ツベルクリン反応陰性
開始前に胸部レントゲンのみをおこないます。
問題なければエンブレルを使用します。
開始前に問題がなくても3ヵ月後に胸部CT検査をおこないます。 - 60歳以上、ツベルクリン反応陽性
開始前に胸部CT検査をおこないます。
開始前のCTで問題がなくても3ヵ月後に再びCT検査をおこないます。
結核発症のリスクが高いことを十分に考えていただいた上で、エンブレルを使用します。
原則として抗結核剤の予防投与をおこないます。 - 結核患者との接触があった場合
エンブレルの中止、あるいは抗結核剤の予防投与をおこないます。
ここまで結核に注意を払うのは、結核菌を殺す働きを持つマクロファージという細胞の働きを、エンブレルは抑えてしまうからです。
また、これまでエンブレルが使用されてきた国に比べて、日本では、格段に結核の感染者、既感染者が多いからです。
注意
エンブレルは、レミケードに比べて結核の危険が少ないとの報告があります。確かに、海外での報告をみますと、そうなのですが、わが国でどうなのかは、まだ明らかになっていません。幸いなことに、わが国でのレミケードを使用している方の結核の発症率は、予想をはるかに下回るものでした。全国的に、上に述べたような対策をとってレミケードを使用したことが、この好結果に結びついたのだと思われます。
エンブレルにつきましても、しっかりとしたわが国でのデータが集積されるまでは、レミケードと同様の方針で、当院では対応させていただきます。
心不全のチェック
日常の動作で動悸・息切れ・胸の痛みがでることはありませんか?
心臓超音波検査
心臓の動き具合を評価します。
左室駆出率が35%以下の場合には、エンブレルは使用できません。
アレルギー症状のチェック
薬などで皮膚のかゆみや発疹がでたことはありませんか?
アトピー性皮膚炎や、花粉症、気管支喘息といわれたことがありますか?
多発性硬化症についてのチェック
多発性硬化症といわれたことがありませんか?
血のつながりのある方で多発性硬化症の人がいらっしゃいませんか?
全身性エリテマトーデスについてのチェック
紅斑
抗dsDNA抗体
副作用
一般的な副作用(国内臨床試験145例での結果)
感染症(感冒など一般的なものを含む)(68.3%)、注射したところの皮膚の変化(ほとんどが一時的)(44.8%)、発疹(38.6%)、めまい(9.7%)、血液検査での肝酵素値上昇(6.2%)コレステロール値上昇(4.8%)など。
これらの数字、特に感染症の割合については、不安になられると思われますが、臨床試験中に起こった出来事については、完璧に関係が否定されない限り副作用として記載されます。(たとえば、私は毎年3月に必ず風邪をひきますが、もしエンブレルを使用していたら、エンブレルの副作用として記載されます)。
私がごまかしを言っているのではないことを証明するために、海外でのエンブレルの副作用による使用中止率を、いくつかお示ししようと思います。
- Bathonらの試験での、1年間の副作用によるエンブレル中止率は、5.3%
- Genoveseらの試験での、2年間の副作用によるエンブレル中止率は、7.3%
- TEMPO試験での、52週間(約1年)の副作用によるエンブレル中止率は、エンブレル単独使用のグループで11.2%、メトトレキサート併用のグループで10.4%TEMPO試験での中止率の高さについては、いくつか議論がありますが、エンブレルがそれほど危険な薬剤ではないことはわかっていただけると思います。
重大な副作用とその対策
- 敗血症、肺炎、真菌(かび)感染症をふくむ弱毒菌(通常の免疫状態では問題にならない菌)感染症
診察・血液検査(β-Dグルカン、KL-6など)・画像検査(レントゲン、CT)で早期発見につとめ、疑わしい場合はレミケードを中止します。 - 結核
結核を発症してくることがあります。はじめのうちは、1ヶ月に1回の胸部レントゲン検査をおこないます。肺以外の場所に結核がでてくることもあります。 - 重篤なアレルギー
使用後に、息が苦しくなったり、血圧が下がったりする(アナフィラキシーといいます)可能性があります。この反応の発生率は低く、国内臨床試験145例のうちでは認められていません。とはいっても、薬のアレルギーを起こしやすい人では念のため注意が必要です。上記の反応が発生したときには、速やかにボスミンという薬を皮下注射するなどの処置をおこなう必要があります。この反応がおこった場合には、エンブレルは中止します。 - 全身性エリテマトーデスと類似した症状
抗dsDNA抗体が陽性になり、関節や筋肉の痛み、発疹がでることがあります。重症例の報告はありません。エンブレルを中止します。 - 白血球・赤血球・血小板数の減少
定期的に血液検査をおこなうことで、軽くすむように予防します。エンブレルを中止します。 - 間質性肺炎
エンブレルによるものかどうかについてははっきりしません。併用薬の副作用や、関節リウマチ自体の合併症としても起こりますので、関節リウマチの診療では、エンブレルを使用していない場合でも、常に注意しながら対応する病態です。
使用中の注意
次のような症状が現れたときは、速やかに主治医に連絡をとってください。
発熱・悪寒・発汗
体のだるさ・疲労感
鼻水
のどの痛み
咳・痰
息切れ
下痢
頻尿・残尿感
皮膚のかゆみ・発疹
口内炎
手足のしびれ・ピリピリ感
※本稿作成にあたっては、以下の文献を参考にさせていただきました。
#Bathon JM, et al. A comparison of etanercept and methotrexate in patient with early rheumatoid arthritis. N Engl J Med 2000; 343: 1586-93
#Klareskog L, et al. Therapeutic effect of the combination of etanercept and methotrexate compared with each treatment alone in patients wjth rheumatoid arthritis: double-blind randomized controlled trial. Lancet 2004; 363: 675-81
#Kremer JM, et al. Etanercept added to background methotrexate therapy in patients with rheumatoid arthritis: continued observations. Arthritis Rheum 2003; 48: 1493-9
#Genovese MC, et al. Etanercept versus methotrexate in patients with early rheumatoid arthritis. Arthritis Rheum 2002; 46: 1443-50 #Haraoui B, et al. Clinical outcomes of patients with rheumatoid arthritis after switching from infliximab to etanercept. J Rheumatol 2004; 31: 2356-9
#ワイス株式会社・武田薬品工業株式会社提供のインタビューフォーム