シェーグレン症候群
はじめに
シェーグレン症候群は、まだその原因がはっきりわかっていない病気です。いまのところ、白血球という細胞と、それが放出するサイトカインという物質が病気のさまざまの局面で影響していることがわかっていますが、なぜ白血球が通常と異なる振る舞いをするのかはわかっていません。
患者さんは、涙が出にくい・つばが出にくいといった乾燥症状のほかに、疲れやすい・気分が憂うつになる・関節が痛い・熱が出るなどの全身のさまざまの症状をもっています。これらの症状は生命の危険には直結しませんが、日常生活のさまざまの局面で患者さんの障害になります。現在のところでは、根本的な治療はなく、専門家の間でも治療法(特にステロイド剤を使うかどうかについて)は異なります。
今回は
- 乾燥症状とその対処法
- 疲れやすさの原因とその対処法
- ときに合併する「線維筋痛症候群」という病気
- 病気の勢いを調べる検査とステロイド剤の適応
- 合併症
について、近い将来に見込まれる治療(サイトカイン療法)も交えて説明します。
乾燥症状
なぜ、唾液や涙が出ないのか?
以前は唾液腺や涙腺が破壊されるために出なくなると考えられていましたが、それほど単純なものではありません。(破壊されているのはごく一部だけなのに、唾液や涙液が出なさすぎます)
腺の単純な破壊だけでなく、液を出す仕組みの各段階で病気が影響していることがわかってきています。治療手段も各段階で実用化されつつあります。
唾液や涙が出る(分泌される)仕組み
唾液も涙も、実際に分泌をおこなう「腺」と、腺の働きを高めたり抑えたりする末梢の「神経」と、神経の働きを高めたり抑えたりする「脳」の、三者の働きが重なり合って、分泌の調節を行っています。
シェーグレン症候群はこの三者のいずれにも悪い影響を及ぼします。それぞれの段階での治療法を図に示しました。
脳
唾液や涙を出そうという命令は「脳」から出ます。「脳」の働きはデリケートで、いろいろな影響を受けます。たとえば、緊張したり不安があったりすると口がからからになる、といった経験はどなたもお持ちになったことがあると思います。なぜかはわかりませんが(冒頭で述べましたサイトカインも関係していると考えられます)、シェーグレン症候群でも同様のことが起こっているようです。
脳の状態を安定化するための試みを図中に示しました。
神経
脳から出た命令を腺に伝えるのが神経です。シェーグレン症候群では、この神経の働きがにぶくなってうまく脳の命令を伝えることができなくなっています。
これも白血球からでるサイトカインの影響が考えられています。
神経の状態を改善するための試みを図中に示しました。
唾液腺涙腺
神経によって伝えられた命令をうけて唾液や涙を作るのが腺です。
シェーグレン症候群では、白血球により腺が壊されてしまいます。これの対処法も図中に示しました。
基礎療法など
図の下のほうには、唾液や涙の量が減っていても、生活への影響が少なくなるようにするための方法を示しました。このほかにもさまざまの方法があります。
現在のところ、唾液の分泌については、サリグレン・エボザックの登場によりずいぶん改善されていますが、涙についてはもう少し時間が必要のようです。
- サイトカイン阻害薬
近い将来、慢性関節リウマチの治療に利用されますが、シェーグレン症候群での実用化にはまだ時間がかかりそうです。 - 点眼薬の使い方
人情として、何回もさしたくなりますが、回数が多すぎると眼の表面を保護する脂の膜が流れてしまい、逆効果になります。医師・薬剤師の指示にしたがってください。 - 唾液・涙が出にくくなる薬
降圧剤(αブロッカー・βブロッカーという種類)、抗うつ薬・睡眠薬・抗不安薬の一部、排尿障害の薬の一部、不整脈の薬の一部、パーキンソン病の薬の一部、その他、市販薬(感冒薬など)にもあります。
複数の医療機関を受診していらっしゃる人は調剤薬局を1つにしておくと、薬剤師のアドバイスを受けやすくなります。
全身症状
なぜ、疲れるのか。気持ちが疲れるのか、体が疲れるのか?(この区別は難しいのです)
シェーグレン症候群そのものからの疲労
気持ちが疲れる原因
- 精神神経の症状
抑うつ傾向→治療:抗うつ薬(トレドミン、パキシルなど)
不安(いろいろなことが気になり、念を押さずにいられない。対人関係に影響し、時にトラブルの種になる)→治療:抗不安薬 - 乾燥症状によるストレス
治療:既述 - 炎症による精神神経への影響(サイトカインが媒介)
治療:ステロイド剤、サイトカイン阻害薬
気持ちが疲れる原因
-
炎症による消耗(サイトカインが媒介)
検査:血液検査(血沈、γグロブリン、IgG、CRP)
治療:安静、消炎鎮痛剤、ステロイド剤、サイトカイン阻害薬 -
栄養障害
●唾液が出にくいことは、咀嚼や消化に影響→吸収障害
治療:食事形態の工夫、薬物療法については唾液・涙の項で既述
●萎縮性胃炎
症状:胃もたれ感、体重減少
検査:胃カメラ
治療:消化剤
●慢性膵炎
症状:油の多い食事の2時間後の腹痛(おへそのあたり)・背部痛、普段から下痢をしやすい、体重減少。
検査:血液検査(リパーゼ)、超音波エコー検査で診断
治療:消化酵素剤、酵素阻害剤(フォイパン)
線維筋痛症候群の合併からの疲労
線維筋痛症候群
概要
全身に及ぶ慢性の痛みがこの病気の特徴です。シェーグレン症候群の患者さんでの合併の割合はわかりませんが、10人に1人程度はあるのではないかと思われます。
首・肩・腰・手足の筋肉・関節がこわばったり、痛んだりするだけでなく、多彩な自覚症状があるのに、血液検査やレントゲン検査では特に異常が認められません。
患者さんは、医師から何も異常はないといわれて、医療不信になることさえあります。
線維筋痛症候群では特有の圧痛点(押さえると痛む場所)が18ヶ所あります。このうちの11ヶ所以上で痛みがあれば診断できます。
さまざまの症状(シェーグレン症候群と紛らわしい症状です)
疲労感 うつ状態(朝からしんどい、夕方になるとややまし) 不安・緊張(過換気症候群、パニック障害) レイノー現象 眼と口の乾燥症状 過敏性胃腸症状(いわゆる胃痙攣のようなきりきりとした痛み、下痢・便秘)
治療
この病気の原因はわかっていません。そのため、治療法も確立していません。ただ、神経的なことが発病に関わっているような印象を受けます。
現在おこなわれている治療は、いわゆる心身症の治療に似ています。
すぐによくなることもありますが、ご本人とまわりの人の長い努力が必要となることもあります。
ご本人ができること
無理を避ける(体面よりも実をとる)。
がんばってしまう几帳面な人や、がんばりを支えてくれていた人との別離などをきっかけとして発病する人をよくみます。
自分と向き合わないようにする(関心を外に向ける)。
体をほぐすような運動(伸筋をつかうような運動―ストレッチや水泳など―が有効)。
まわりの人ができること
患者さんは怠けているのではありません。今までに無理があったのです。
ご本人ができる範囲の生活を支援してください。
医療者ができること
抗不安薬(前述のトレドミン、パキシルなど)
抗うつ薬(1種類の薬で効果がなくても、あきらめる必要はありません)
自覚症状への対症療法(いたずらに薬がふえていくことになりかねないので注意)
病気の勢いを調べる検査とステロイドの適応
ステロイドをどのようなときに使うべきかは医療関係者の間でも共通の見解はありません。
ステロイド使用のメリットは→炎症を静める・サイトカインの分泌を抑える
ステロイド使用のデメリットは→いわゆる成人病・生活習慣病のさまざまのものを発病させたり悪くさせる。
ステロイドが有効な病態
私は、今現在(1)唾液腺や涙腺が壊され続けていて、かつ(2)免疫学的に活動性がある場合は、副作用の評価をしたうえで、使うほうがよいと考えています。現在の医療技術ではいったん壊れた唾液腺を再生させることはできないからです。(もちろん、このような技術の研究は進められています)
また、頻度は少ないですが、合併症のいくつかで、ステロイドを使うことがあります。
唾液腺が今現在破壊され続けている証拠
血液検査でアミラーゼ(唾液腺の中に含まれている物質)の上昇
唾液腺(耳下腺)の腫脹
免疫学的に活動性がある証拠
血沈(赤沈)・CRPの高値
免疫グロブリン(IgG)・γグロブリンの高値
合併症への対応
紅斑
紫外線に当たった後などにできる皮膚の発疹です。赤く、触ると少し厚みがあり、硬い感じです。真ん中が抜けて、リング状になることもあります。
抗SS-A抗体という自己抗体が陽性の場合に多いといわれています。サンスクリーンを用いるなどの紫外線対策や、ステロイド・免疫抑制剤の局所投与(あまり有効でない)・全身投与(有効だが副作用が多い)をおこないます。
レイノー現象・血流障害
寒さ(温度差)や緊張をきっかけに、血流が悪くなって指先が白・紫・赤色に変化する症状です。しびれ・痛みを伴うこともあります。
対症的に血流改善剤(ユベラ、プレタールなど)を使います。ステロイドは無効です。
足の皮膚血管炎
まるで、赤紫色のごまを撒いたような発疹が足にでてきます。色はだんだんと黒くなっていきます。足のむくみを伴うこともあります。
γ-グロブリンが高値の場合に多いといわれています。
治療をせずに様子をみることもあります。免疫学的に活動性があり、ひどくなるようであれば、ステロイド・免疫抑制剤の全身投与を行います。
末梢神経炎
手足の先がしびれたり、痛んだりします。
治療としては、神経の再生をある程度促すビタミン剤(メチコバールなど)と神経の働きを改善する血流改善剤、発症してまもなくであればステロイド・免疫抑制剤の全身投与を行います。
しびれや痛みは他の原因でおこることも多いので、これらの治療を行う前に神経伝導速度測定などの検査が必要です。
白血球減少
治療が必要になることはめったにありません。治療はステロイドです。
間質性肺炎
空咳や息切れ、呼吸困難の症状で発症します。熱が出ることもあります。放置しておくと肺が線維化して酸素を通しにくくなることがあります。
ステロイド・免疫抑制剤の全身投与を行います。
間質性腎炎
腎臓のなかの尿細管という部分がおもに障害されます。血液中のカリウム値が低下したり、腎機能が悪化(血液検査で尿素窒素-BUN、クレアチニン-CREが高値をとります)したりします。
カリウム値が低下するだけであれば対症療法で経過を見ることもありますが、腎機能が悪化する場合は、検査の上でステロイド・免疫抑制剤の全身投与を行う場合があります。
リンパ腫
シェーグレン症候群のことが書かれた本ではどれでも載っている合併症ですが、幸いなことに日本人では欧米人に比べて、まれなものです。
リンパ節が腫れたり、血液検査の異常が発見の手がかりになりますが、見つけにくいこともあります。診断は、リンパ節を取り出して調べる(病理診断)ことでなされます。